世界No.1企業となったグーグルは、その莫大な利益を人工知能に投資しています。では人工知能とは一体何なのでしょうか。話題ばかりが先行して、わかっている人は少ないかもしれません。AIはどこから来て、この先何を変えるのか? それをコンピューター100年の進化論で読み解く新刊『人工知能は私たちを滅ぼすのか――計算機が神になる100年の物語』から、本文の一部をダイジェストでご紹介します。 

世界で一番価値のある企業が、その利益を注ぎ込むもの

 グーグルは今年の2/1に非常に好調な決算を発表しました。その結果株価が上昇し、一時は時価総額が約69兆円となり、時価総額でそれまで世界一位だったアップルを抜きました。

 創業からわずか18年のインターネット企業が世界で最も価値のある企業となり、しかもまだ成長し続けているというのはやはり驚くべきことです。

 グーグルの事業の特筆すべき点は、その利益率の高さです。営業利益率は40%近くに上ります。これは薄利多売の製造業などには望むべくもない数字です。

 そしてグーグルは、この莫大な利益の多くを、人工知能技術に投資しています。本連載の第一回で触れた、囲碁でイ・セドルに勝ったディーマインドは、グーグルの子会社です。

 グーグルの決算によれば、ディープマインドを含む検索事業以外での損失は約4200億円。このかなりの割合が、人工知能技術に関連する投資だと考えられます。比較のために、日本政府が2015年度に人工知能関連に割り当てた研究費の額を見ると、64億円です。

 グーグルが行っているのは、アメリカ政府が原爆を開発した「マンハッタン計画」になぞらえられます。インターネットはなぜこれほど莫大な富を生み、またグーグルはその富をなぜ人工知能に投資しているのでしょうか。

 連載第5回は、グーグルがつくろうとする地球の神経網についてです。

【2030年の世界その4】
バベルの塔

これまでの物語は以下からお読みください
2030年の世界その1
2030年の世界その2
2030年の世界その3

これまでのあらすじ
2030年に暮らす女子大生のマリは、卒論の執筆のために、アシスタント知能デバイス(A.I.D.)のピートともに、人工知能の誕生の秘密を探る旅に出た。チューリングのビジョンから、その後の開発の行き詰まり、エンゲルバートのパソコンまでたどっていく。そして、ついに世界が雲のうえで一つになる、新たな時代の誕生を知ることに……。

「彼らは互に言った、『さあ、れんがを造って、よく焼こう』。こうして彼らは石の代りに、れん がを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。彼らはまた言った、『さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全 地のおもてに散るのを免れよう』」(旧約聖書「創世記」11章3〜4節)
「時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、『民は一つで、みな同じ言葉 である。彼らはすでにこの事をし始めた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を 乱し、互に言葉が通じないようにしよう』」(旧約聖書「創世記」11章5〜7節)

 ホログラムをオフにすると、あたりはすっかり暗くなっていた。ふう、歴史の勉強は面白いけど疲れる。今日はこれくらいにしよう。

 集中しようと着信をオフにしてる間に、コールがあったとピートが知らせる。またリクか、と思ったら、イタリアのローマにいる友達のエヴァからだった。

「マリ、久しぶり! 忙しかったんじゃないの、大丈夫?」

「ごめん、めずらしく集中して勉強してて。いい加減卒論やらないとマズくて。エヴァは元気?」

 エヴァは私と同い年。ローマの大学で日伊関係の歴史を勉強していて、私のいる研究室に短期留学してた。私たちは、不思議と意気投合して仲良くなった。

「うん、今は彼氏はいないけど、最近仲良くしてるリクってやつがいてね、バカなんだけど……」

 私たちはしばらく他愛のない話に花を咲かせて、コールを終わった。エヴァの甲高くて巻き舌の声の余韻が残る。いや、正確にいうと、それはエヴァが発している本当の声じゃなくて、ピートがリアルタイムに同時通訳してエヴァの声らしく合成した声だ。向こう側には、私のイタリア語がペラペラのように聞こえているはずだ。あまりに自然なので、同時通訳していることなんて忘れてしまう。こういうサービスは、ネットの向こうのクラウドコンピューターで実現されていると聞いたことがある。クラウドって雲ってことだよね、コンピューターを呼ぶには変な呼び名だ。

「今はまるでバベルの塔の前の世界ですね」

 翌日、私はまた礼拝堂に来ている。日本に来て20年になる神父が、A.I.Dに頼らなくても流暢な日本語でいう。

「バベルの塔って、あの神様のいる雲の上まで届く塔を作ろうとして、やっぱり神様に怒られて壊されたっていう塔ですか?」

「実は聖書には、主が塔を壊したというふうには書かれていません。天の世界にまで届くような塔を作るというくわだてが主のお気にめさなかったのは確かです。ですが主は、人々が一つの同じことばを使っているから、そのようなことをするのだ、とお考えになりました。そこで、人々のことばを乱して、互いに理解できなくなさいました。その結果、人々は各地に散り散りになり、それぞれ別々のことばを使うようになったといわれています」

 世界中の人が一つのことばでつながり、雲のうえの世界を目指した時代。それはまるで、ネットによって世界中がクラウドとつながる今の世界みたいじゃない。

 神父と別れた後で、私はまたピートに質問する。

「そういえば私が昔ネットをやりすぎてた時に、パパの小さい頃にはネットなんてなかったんだぞとかいって怒られたことがある。ネットもA.I.Dと同じくらい最近できたものなの?」

「今のネットの原型ができたのは、1960年代だよ」

「1960年代? パパどころかおじいちゃんが小さい頃じゃない」

「そうだね、世界中がつながるネットを作るのは、バベルの塔を建てるのと同じくらい大変な仕事だったんだ。そのために、みんなが話す『一つのことば』を作らなければならなかったし」

 私は窓の外の空を見た。雲を切り分けて、輸送用のドローンが飛び交っている。雲まで届くバベルの塔は、いったいどうやって作られてきたんだろう。

インターネットで一つになる世界

 1980年代の半ば、マッキントッシュやIBMのPCが発売されたのと時をおなじくして、冷戦下の世界は大きく動き出そうとしていました。ゴルビーことミハイル・ゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任したのです。改革を意味するペレストロイカ政策と、新思考外交を通じて、資本主義陣営との緊張は一気に緩和に向かいます。

 1989年にはゴルバチョフ書記長と、当時のアメリカ大統領ジョージ・ブッシュ(父)とが直接行った会談で、冷戦の終結を宣言しました。同年にベルリンを東西に分断していたベルリンの壁が破壊されます。ここに冷戦は終わり、アメリカが経済と文化で世界をリードするグローバリズムの時代がやってきました。

 もともとは資本主義に対する抵抗の旗手だったヒッピーたちによって作り出されたパーソナルコンピューターでしたが、ビジネス上の勝者となったのは結局IBMのPCでした。しかし、IBM以上の成功を収めたのが、PCにOSを提供したマイクロソフトでした。

 マイクロソフトはOSを自社で独占し、メーカーやユーザーなどを囲い込むことで世界のパーソナルコンピューターの9割以上のシェアを占め、圧倒的な影響力を持つようになります。ビル・ゲイツは世界一の大富豪になりました。コンピューターはグローバリズムの下で資本主義の先鋒となっていくのです。

 一方で、同じブッシュやエンゲルバートの影響を受けながら、パーソナルコンピューターとは別の大きな波がやってきます。それは、インターネットとウェブでした。

 バベルの塔の伝説の舞台であり、古代メソポタミアで栄えた多民族都市バビロンのように、インターネットでは世界中の人が一つのことばでつながることができます。その上に、ウェブというオンラインのサイバースペースが作り出されます。

 ウェブでは、初めは情報の検索やコミュニケーションが行われ、その後にマイクロソフトのオフィスのようなアプリまでを動かすクラウドコンピューティングが登場します。

 その中心的な担い手だったグーグルは、そもそも検索エンジンや広告事業を作ろうとして作られたわけではありませんでした。創業者の二人が、博士論文のために人工知能を実現する中心的な技術である機械学習の研究の一環として作られたのです。

 二人の指導教官はかつて人工知能の研究者でした。グーグルを理解するためには、彼らの最初の動機が人工知能の研究だったことを知る必要があります。彼らの最初の取り組みだけで、世界一価値のある事業ができました。

 グーグルは半分がインターネット事業ですが、残りは大学の研究室のように自由な研究開発がなされています。グーグルはこのように営利企業というだけでなく、新しい形の大学のようなものです。それも、人工知能を開発するための。

 インターネットはどうやって世界をつなぐ「一つのことば」となったのか? グーグルが作り上げた、雲まで届く「バベルの塔」とは? そして今や目覚めようとしている「地球の脳」とは一体なんなのでしょうか?

 続きは『人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語』本編でお楽しみください。

(第6回に続く 3/28公開予定)