惚れてもらうためには、どうすればいいのか。簡単なことです。己を愛していたのでは、誰も惚れてくれません。己を空しくして、自己犠牲を払い、従業員のことを最優先に考えるのです。そうしてあげるから、みんな惚れ込んでくれるのです。

 「従業員に惚れてもらう」とは、言葉を換えて言えば、聞こえは良くありませんが、従業員をたらし込んで、自分のパートナーに仕上げていくことなのです。そして、そのためには、経営者自身に自己犠牲の姿勢が必要です。

 それは、従業員の誰よりも懸命に努力するという、経営者として仕事にあたる姿勢でしょうし、仕事が終わった後に、わずかであっても身銭を切って、従業員を労ってあげるといったような、相手を思いやる姿勢でもあるでしょう。そのような自己犠牲をもって、従業員の心を動かすことが前提です。

「仕事の意義」を説いて
従業員をモチベートする

 もちろん、それだけで事が足りるわけではありません。京セラの黎明期、私は従業員の心情に訴えるだけでなく、いわば理性をもってしても、従業員のモチベーションを高めることに懸命に努めました。

 それは、「仕事の意義」を説くということでした。このことも、中小零細企業の従業員にとって、大いにモチベーションアップになることです。創業期の京セラが、まさにそうでした。

従業員が惚れ込む経営者は、「ここ」が違う社員の士気を上げるために、経営者ができること(写真はイメージです)



 現在では、京セラはファインセラミック業界のトップ企業として、高度な技術を有するハイテク企業だと考えられています。確かにそうですが、ファインセラミックスの製造現場は、そんなハイテクイメージとは少し異なるものです。特に創業期の京セラは、間借りの古い木造社屋である上に、そんな雰囲気はみじんも感じられませんでした。

 ファインセラミックスの原料として使われる金属酸化物は、細かい微粒子です。それを調合する原料工程、プレスなどで形をつくる成形工程、また焼き上がった製品を寸法どおりに加工する研削工程などでは、どうしても粉末が現場に飛散することになります。

 また、成形した製品を焼き上げる焼成工程は、千数百度という高温に達します。一七〇〇度を超す高温になると、炎は赤ではなく真っ白で、作業用のメガネをかけなければ炉の中をのぞくことさえできません。そのような高温ですから、夏場などはたいへん過酷な労働環境になります。

 ファインセラミックスといっても、いわゆる三Kの仕事なのです。ですから、従業員を雇い入れ、仕事に従事してもらうと、すぐに粉まみれ汗まみれになってしまい、彼らはとても高度な技術を要し、意義ある仕事だとは思ってくれないのです。

 私が最初に勤めた松風工業という碍子製造会社に、後に京セラの創業メンバーとなる人たちが入ってきました。私は彼らの仕事への意欲を何としても高めなければならない、モチベーションを高く維持しなければならないと考えました。そのために取り組んだのが、仕事の意義を説くことでした。仕事が終わった夜に、いつも彼らを集め、次のような話をしていきました。

「皆さんは、日がな一日、粉をこねたり、形をつくったり、焼いたり、削ったり、単調でつまらない仕事だと思っているかもしれませんが、決してそうではありません」

「今、皆さんにやってもらっている研究は、学術的に意義あるものです。東大の教授でも京大の教授でも、無機化学に携わる先生方は誰も、この酸化物の焼結という実用研究に手を出していません。今、われわれはまさに最先端の研究をしており、これはたいへん意義ある仕事なのです」

「また、今取り組んでいるテーマは、世界中でも一〜二社だけが取り組んでいるという、まさに最先端の研究開発なのです。この研究開発が成功すれば、こういう製品に使われ、人々の暮らしに大いに貢献することになる。そんな社会的に意義ある研究開発が成功するかしないか、それが皆さんの日頃の働きによって決まるのです。ぜひ、よろしく頼みます」

 毎晩、そういう話をしていました。ただ単に「乳鉢でこの粉とこの粉をすり合わせなさい」としてしまえば、何のモチベーションも湧いてきません。ですから、その粉を混ぜるという行為が、どれくらい意義あることなのかということを、諄々(じゅんじゅん)と話をしていったわけです。

 当時は昭和三〇年代初め、戦後まだ一〇年ほどしかたっていない頃でした。ちょうど朝鮮戦争が終わった直後で、たいへんな不況でもありました。そんな日本がまだ貧しく、就職もなかなか難しいときに、高校を卒業して、何とか会社に入ったものの、ただ毎月のサラリーさえもらえればいい、という人たちがほとんどでした。

 しかし彼らも、自分のやっている仕事に意義を見出せば、気持ちが高ぶり、もてる力を最大限に出してくれるはずです。そう考えて、私は仕事が終わった後に、毎晩彼らを集めては、仕事の意義を説いていったのです。

 この仕事の意義を説くということ、また前にお話しした、自己犠牲の姿勢をもって、経営者である私に惚れ込んでもらうということは、大きな効果を発揮しました。