ファイナンスとは「価値」をめぐる最も実践的な学問である。では、価値を高めたいとき、何が必要だろうか? すぐに思いつくのは「企業:コストを抑えて利益を高める」「個人:節約をして貯金を増やす」などだが、これはファイナンス的には正しいやり方ではない。
年間500件以上の企業価値評価を手がけるファイナンスのプロ・野口真人氏の新著『あれか、これか――「本当の値打ち」を見抜くファイナンス理論入門』のなかから紹介していこう。
いくら利益が増えても、
会社の価値は増えない
ファイナンス的な価値とは、将来に生み出されるキャッシュフローの総額である。ここでこう考える人がいるかもしれない。
「キャッシュフロー、つまりキャッシュインとキャッシュアウトの差額を増やせばいいということは、利益(=売上-コスト)を増やせばいいということか。それなら簡単だ!」
しかし利益を増やせば、価値が増えるかというと、事はそう単純ではないのだ。ちょっと例題で考えてみることにしよう。
世界的に有名な婦人用高級ブランドKのバッグは、店頭では平均単価100万円で販売されている。この製造コストや輸送コストなど、すべてをひっくるめて10万円としよう。つまり、1つのバッグを売れば、平均90万円の利益が出る計算である。
さすがに高価なものなので、1日に何個も売れることがない。ある日、お客が来てバッグを買おうかどうか迷っている。そこでそのお客が「もし80万円までディスカウントしてくれれば買おうかしら」と言ったとしよう。
あなたがその店の店長なら、20万円の値引きをするか、しないか?
「価値を高める」という視点で考えてみよう。
もしも値引きをしなければ、お客は買わずに帰るだろうから、店には1円の利益も入らない。たとえ80万円まで価格を下げても、70万円もの利益が出るわけだから、ここは店長として思い切って値下げをしたほうがいいかもしれない。70万円のキャッシュフローをとったほうが、店の価値も高まるのではないだろうか?
たしかに、ディスカウントを断ることで、その日の稼ぎは0円になる。さらに長期的に見た場合、1年で売れるカバンの数が100個だとしよう。年間キャッシュフローは9000万円(=(100万円-10万円)×100個)である。
一方、80万円に値下げしたことで年に200個売れるようになるとしたら、キャシュフローの見積もりは1億4000万円(=(80万円-10万円)×200個)となる。年間利益で5000万円もの差が出る。やはりディスカウントするべきなのだろうか?
しかしこの判断はファイナンス理論では単なる愚行としか考えられない。