「はやぶさ」を支えたプロジェクトチームのメンバー、総勢80人。奇跡の生還の陰には、チーム崩壊の危機もあったという。

 60億キロ、7年におよぶ宇宙の旅を終え、地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。小惑星の砂が入っているかもしれないカプセルを地球に届けた後、大気圏で燃え尽きる姿は多くの感動を呼んだ。エンジントラブル、通信途絶など、数々の困難を乗り越えた「はやぶさ」と、その旅路を支え続けた技術者たち。しかし、華やかな成果の陰で、プロジェクトチームに崩壊の危機があったことは知られていない。

プロジェクトチームに
次々と襲い掛かる試練

 2005年9月。「はやぶさ」が、地球からはるか3億キロ離れた小惑星イトカワの姿をとらえたのは、地球を旅立って2年が過ぎた時だった。管制室は、歓喜に沸いた。しかしこの喜びも、プロジェクトリーダーの川口淳一郎さんにとってはまだ始まりにすぎなかった。彼が掲げていたのは「小惑星サンプルリターン」という、とてつもない計画だったからだ。

 「サンプル」とは、小惑星の砂を採取すること。「リターン」とは、小惑星から再び地球に戻ってくる「往復飛行」のこと。どちらも人類初の試みだった。

 この壮大な計画に挑むのが、エンジンや通信技術、砂の分析の専門家など、総勢80人。「砂の採取」の担当、矢野創さんはイトカワの姿を見て愕然とした。その表面は予想外に起伏が激しく、ゴツゴツした大きな岩がせり出していたのだ。計画では、着地した瞬間に地面に弾丸を撃ち込み、砕け飛んだ砂の粒を採取する予定だった。しかし、そもそも着地ができないのではないかという不安がメンバーの頭をよぎった。

「はやぶさ」に人類初のミッションを託した、プロジェクトチームのリーダー・川口淳一郎さん(写真左)。壮大なミッションの1つである「砂の採取」を担当した矢野創さん(写真右)。

 2005年11月20日。イトカワ着地の日。3億キロ離れた「はやぶさ」には地球から指令が届くのに20分近くかかる。そのため、「はやぶさ」は自分で状況を判断して、着地や砂の採取を行うようにプログラムされていた。地球上で見ることができるのは、20分遅れで届く、高さを示すグラフだけ。

 まもなく着地という時、異変が起きた。グラフは、「はやぶさ」がイトカワの地面よりも下に潜っていく様子を伝えていたのだ。一体、何が起こっているのか。

「焦るわけですよ。これ見ているのは20分前だと思うと。実際にはもう過去のことですよね。だからひょっとしたらどこかにぶつかっているかもしれない」(川口さん)

 川口さんは砂の採取を諦め、「緊急離脱」の指令を送った。砂を採取するための弾丸を撃ったかどうかすら、分からないままの決断だった。

 この時、実際の「はやぶさ」の状況はこうだった。イトカワに着地を試みたものの、途中でバランスを崩し、落下してしまう。さらに、バウンドを繰り返して、予定していた着地地点から大きくはずれていたのだ。これが、あたかも地面に潜ったかのようなデータの原因だった。「はやぶさ」は機体を地面に何度も打ち付けられた末、30分間、地表にとどまっていた。結局、砂を採取するための弾丸は発射していなかった。