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ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

狂気のインパール作戦

北 康利 [作家]
【第12回】 2016年6月29日
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無謀なジンギスカン作戦

 幸一たちがサイマオのキャンプを閉じたのは昭和19年(1944年)2月末のこと。次々と送りこまれてくる将兵の世話をする役割を終え、最後尾で本隊を追いかけた。

 いよいよインパール作戦開始の時が近づいていたのだ。

 幸一たち兵站担当者が必死に努力したものの、装備も食糧も十分とは言えない。

 インパール作戦の要諦は、最高峰のサラメティ山(3826メートル)など、2000、3000メートル級の山々が連なるアラカン山脈を越え、敵陣に奇襲攻撃をかける点にある。最初から長期戦を想定していなかったのだ。

 さしもの牟田口も不安を覚え、作戦開始前、上位組織であるビルマ方面軍および南方軍に対し、工兵(橋や道路などを作る部隊)、輜重(幸一たちが担っていた兵站を含む補給部隊)・衛生(野戦病院を含む)などの支援部隊の増強を要請しているが、結局補充されたのは要求の2割程度にとどまった。

 険しい地帯を越えていくため後方からの物資の補給は望めない。携行食糧は20日分持ったとすると1人最低50キロにもなる。とても人力だけでは運べないが、トラックなどの装備もほとんどなかった。

 3師団の師団長たちは口々にその無謀を諫言したが、牟田口は聞く耳を持たない。

 「元来日本人は草食である」

 という牟田口の迷言(?)がある。

 戦場にはいくらでも草が生えているというのである。

 現地で牛を調達し、荷物を運ばせた後に食糧としても利用するという「ジンギスカン作戦」と称する作戦も立案された。

 かのチンギス・ハーンが山羊を連れ、中央アジアを征服していった故事にならったのだ。

 だが前方に広がるのはビルマ・インド国境の峻険な山々や沼地である。一面の草原である中央アジアとは違う。そんな戦場で、のんびり牛を引いていけるはずもなかった。

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北 康利 [作家]

きた・やすとし/昭和35年12月24日愛知県名古屋市生まれ、東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。資産証券化の専門家として富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長等を歴任。平成20年6月末でみずほ証券退職。本格的に作家活動に入る。“100年経営の会”顧問。松下政経塾講師。著書に『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』、『吉田茂ポピュリズムに背を向けて』(以上、講談社)、『陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝』(新潮社)、『西郷隆盛命もいらず、名もいらず』(WAC)、『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』(PHP研究所)などがある。最新刊は『佐治敬三と開高健最強のふたり』(講談社)。


ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

ブラジャー。この華やかな商品に一生を捧げた男がいた。戦後京都を代表するベンチャー企業「ワコール」を創業した塚本幸一である。インパール作戦の生き残りという壮絶な戦争体験を持つ彼は、いかにして女性用下着に出会い、その未開市場を開拓していったのか。ベンチャースピリット溢れるその豪快華麗な生涯を、いま最も注目される評伝作家・北康利が描きだす!

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