しかし、ドラクエと人生には決定的な違いもある。それは、目的を自分で設定、変更できること、プレイ時間に制限があり寿命が尽きたら当然継続不可となることである。さらに、人生においては、負けても「こうやってはダメだ」という経験値が積み重なり、敵に勝っても負けても経験値がプラスに転じる。ならば、どんどん行動し、プレイを楽しむしかない。

 つまり、人生をゲーム化して楽しむには、特有のルールを見極めながら、襲いかかる難題を攻略しがいのあるパズルやモンスターととらえ、負けを恐れずに闘いに臨めばよいというわけだ。

■「自分の人生」を生きるために
◇死への恐怖は解消できる

 人生という名のゲームには、具体的にどのような敵が出現するのだろうか。

 著者が人生で初めて遭遇した敵は、「死の恐怖」である。人間は生まれてきたからには確実に死を迎える。死に対するネガティブな感情のひとつに「どうせ死ぬのなら、生きることに何の意味があるのか」というものがある。しかし、先述した通り、人生というゲームの目的は自分で設定でき、途中で何度でも変更可能だ。そして、生きる意味とは、自ら設定したワクワクする目的を達成することなのだ。

「死んだら何もかも終わりではないか」という考え方もある。確かに、死後の世界を体験した人間など誰ひとりとしておらず、死後の世界について明らかな答えはない。しかし、それなら逆に、自分が生まれる前のことを想像してみてほしい。体験したことがない状態を死と定義すれば、この世に存在する前も死を味わっていたととらえられる。すなわち、「人は誰しも死を体験したことがある」といえるのではないか。そう考えれば、死は怖いものではなくなるだろう。

◇血沸き肉躍る目的の見つけ方

 自分が心からやりたいと思えることを見つける方法は、はたしてあるのだろうか。

 有名なカーネル・サンダースは、陸軍を除隊後、ペンキ塗りから農場仕事、路面電車の車掌、保険外交員など実に40もの仕事を片っ端から試した。そして62歳になったとき、ようやく「ケンタッキーフライドチキンを世界に広める」という人生の目的とめぐりあった。それまでの豊富な職業経験(経験値)は、ケンタッキーフライドチキンを展開するうえで、非常に役立ったのである。どんなことでもチャレンジすれば、人生経験を積むという点では必ずプラスにつながっている。

 著者は、現時点で「これだ!」と思える人生の目的がまったく見えていなかったとしても、不安になる必要はないと説いている。関心のあることや思いついたことは、片っ端から手を出すとよい。行動を起こしてはじめて、その関心ごとや思いついたことに自分がどれだけのめり込めるかがわかってくる。関心が持てないことでもひとまず着手すれば、意外に面白いと思える場合もあるはずだ。

■迷いの断ち切り方
◇展開が読める人生はつまらない

 著者は大学を卒業した当時、「卒業したら企業に就職するのが当然」という考えのもと、ゲーム会社に就職を決めた。そして会社員時代に人生ゲーム化理論を発見し、自らの人生をゲームのように楽しむために独立を計画した。ところが、独立を検討し始めるとすぐに「上手くいくのだろうか」という不安にさいなまれるようになった。