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ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

酸鼻をきわめたインパール退却戦

北 康利 [作家]
【第13回】 2016年7月6日
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戦線離脱した野戦病院での日々

 幸一の属する第15師団長の山内正文陸軍中将はマラリアにかかり、ほとんど指揮の執れないまま病死したが、こうした環境は、もともと結核菌を身体に宿している幸一にとって過酷すぎるものだった。

 兵站の仕事を終えて本隊を追いかけている途中、病に倒れ、後送されていくこととなる。

 病院送りになれば戦わずにすむのだからラッキーではないかと考えるのは現代人的感覚だ。当時の兵士には、病で戦線から離脱することを恥だと思う矜恃があった。

 それに普通、病んだ兵士はバナナの葉で雨露をしのげるようにしただけの野戦病院に寝かされ、ろくに食べ物も与えられず、治療を受けることもなく死を待つばかりだったのだ。

 ところが幸一は幸運にも、ビルマの首都ラングーン(現在のヤンゴン)の病院に送られた。ここは確かにまだ“病院”と呼べる建物が立っていたのだ。

 傷心の彼に悲報が追い打ちをかける。

 昭和19年(1944年)5月17日の戦闘で、敬愛していた伊藤中尉が戦死していたのだ。その報せを遠く離れたラングーンで聞き、ふらふらした体で病院長に、伊藤の弔い合戦をしに戻りたいと申し出た。

 「馬鹿者!」

 病院長は幸一を一喝すると、一通の手紙を差し出した。

 それは伊藤から病院長に宛てた手紙だった。幸一を十分療養させ、完全に治りきるまで面倒を見てやってくれと書かれている。

 涙が止まらない。感極まった彼は、その場にくずおれるようにしゃがみ込み、男泣きに泣いた。

 その夜は一睡もできなかった。ふがいない自分を責め続けた。

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北 康利 [作家]

きた・やすとし/昭和35年12月24日愛知県名古屋市生まれ、東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。資産証券化の専門家として富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長等を歴任。平成20年6月末でみずほ証券退職。本格的に作家活動に入る。“100年経営の会”顧問。松下政経塾講師。著書に『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』、『吉田茂ポピュリズムに背を向けて』(以上、講談社)、『陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝』(新潮社)、『西郷隆盛命もいらず、名もいらず』(WAC)、『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』(PHP研究所)などがある。最新刊は『佐治敬三と開高健最強のふたり』(講談社)。


ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

ブラジャー。この華やかな商品に一生を捧げた男がいた。戦後京都を代表するベンチャー企業「ワコール」を創業した塚本幸一である。インパール作戦の生き残りという壮絶な戦争体験を持つ彼は、いかにして女性用下着に出会い、その未開市場を開拓していったのか。ベンチャースピリット溢れるその豪快華麗な生涯を、いま最も注目される評伝作家・北康利が描きだす!

「ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一」

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