バイオ企業の開発部門に籍を置くJさん、42歳。この数日、ノーベル賞級のアイディアが浮かんだと憑かれたように走り回っている。彼が双極性障害であることを知る上司が家族と連絡を取り、病院へ連れていった──。
双極性障害とは耳なれないが、ひと昔前「躁うつ病」と呼ばれていた疾病のこと。うつ状態に前後して、入院が必要なほど奔放な躁状態が出現する1型と、本人も周囲もさほど困らない軽躁状態にとどまる2型に大別される。発症頻度は100人に1人ほどで、割にありふれた疾患だ。
一般に10~30代で発症し、薬でコントロールしない限り再発と安定を繰り返す。うつ状態から始まることが多く、以前に躁状態があっても本人や周囲が「病気」と認識しているとは限らないので、初診時に「うつ病」と診断されるケースが少なくない。昨今、難治性うつ病が増加している背景には、一部にうつ病に対する治療ではうまくいかない双極性障害が紛れ込んでいることも関係している。
うつ病と双極性障害の鑑別の難しさが問題なのは治療薬がまったく違うからだ。双極性障害の第1選択薬は気分安定薬。なかでも炭酸リチウムは躁状態とうつ状態の双方を改善し、気分の極端な波を予防する効果がある。ところが、うつ病の第1選択薬、抗うつ薬を双極性障害患者が服用すると、イライラや焦燥感が現れ、希死念慮(死にたい気持ち)や躁状態とうつ状態を短期間に繰り返す「急速交代化」を引き起こす可能性があるのだ。最近は一般内科でも抗うつ薬を出すが、ろくに問診もせず、うつ状態=抗うつ薬と安易に決めつける医師は避けたほうがいい。