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森達也 リアル共同幻想論

高校球児はなぜ丸刈りを強制されるのか

森 達也 [テレビディレクター、映画監督、作家]
【第37回】 2010年9月24日
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 高校野球が終わった。優勝は沖縄の興南高校。この時期に沖縄の高校が優勝したということは、いろいろな意味で示唆的だ。

 ……などと書き始めたけれど、政治とスポーツとを安易に同じ位相で語るなどすべきじゃない。とても軽薄な文章だ。もしも読み返していなかったら、ここからさらに「基地問題で揺れる沖縄の意地を見た」などと書いていたかもしれない。暑さで頭のねじが弛んだとしか思えない。

 そもそも野球に興味はない。ならばなぜこんな無理な書き出しをしようとしたのかといえば、ずっと気になっていた疑問について、今回は考えてみたいと思っているからだ。

 なぜ高校球児たちは坊主刈りを強制されるのだろうか。

 ……坊主刈りと前行に書いたけれど、実のところ最近はこの記述をあまり見かけない。丸刈りのほうが一般的だ。呼称が変わった理由はわからない。将棋倒しのように将棋連盟がクレームをつけたのだろうか。でもどう考えても坊主刈りに坊主への差別意識はない(将棋倒しにもないけれど)。とにかく意地を張るところじゃないし趣旨もずれるので、以下は丸刈りで記述を進める。

 小学校から中学校にかけて、計算すればほぼ3年おきに転校していた。特に最後の転校は(いろいろな意味で)辛かった。時期としては中学一年が終わったとき。友人たちとの別れもつらかったし、新しい環境に身を置くことも不安だった。

 不安のひとつが丸刈りの強制だ。なぜなら校則で男子の丸刈りを強制する公立中学は、当時は決して珍しくなかったからだ。

 結局このときは、転校した新潟の中学も、その前の富山の中学と同様に髪型は自由だった。とはいえこの時期の自分に、ヘアスタイルについての強いこだわりがあったとは思えない。床屋でされるがままになっていた。たぶん坊ちゃん刈りに毛が生えたような(というか毛だ)スタイルだったはずだ。長髪に憧れるのはこの少しあとだ。校則だといわれればしぶしぶ従っていた。その程度のこだわりだ。その程度ではあるけれど、強制される理由がどうにもわからなくて、丸刈りだけはとても嫌だったことは確かだ。

 現在の学校教育の現場からは、この校則はほとんど消えた。ところがテレビを見るかぎり、高校球児たちはいまだにほとんどが、昔と同じような丸刈りだ。少なくとも長髪などいない。記憶に残るところで唯一の例外は、花形財閥の御曹司で横浜の紅洋高校に在籍していた花形満だ。

 と、ここまで書いたところで、自他共に認める野球好きの友人から電話が来た。何しろ高校野球もすべて録画して休みの日にまとめて観るというつわものだ。僕は訊いた。

 「あのさ、高校野球なんだけど」

 「ああ。興南が優勝したな。七月の選挙では、あれほどに大騒ぎだった基地問題はすっかり蚊帳の外で、消費税問題ばかりが焦点になっていたから、沖縄県民のヤマトへの怒りを見た思いだったよ。原稿に書くのか? ならばそう書いてくれ」

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森 達也 [テレビディレクター、映画監督、作家]

1956年生まれ。テレビディレクター、映画監督、作家。ドキュメンタリー映画『A』『A2』で大きな評価を受ける。著書に『東京番外地』など多数。


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テレビディレクター、映画監督、作家として活躍中の森達也氏による社会派コラム。社会問題から時事テーマまで、独自の視点で鋭く斬る!

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