元マイクロソフト日本法人社長で現在は書評サイト「HONZ」の代表を務める成毛眞さんと、「歌舞伎ソムリエ」としてイヤホンガイドで定評のあるおくだ健太郎さんが、ビジネスマンとして知っておきたい歌舞伎の知識と、日本文化との深いつながり、そして年に一度は歌舞伎座に足を運ぶことで得られるメリットなどを語り合う本連載。2回目は「襲名」というシステムについて採り上げます。

梨園の妻は「商い店のおかみさん」

成毛 歌舞伎役者市川海老蔵の奥さま、麻央さんの体調が心配されていますが、梨園の妻ほど注目される奥さまも世の中にいないのではないでしょうか。

おくだ わざわざ梨園という言葉を使うところにも特別な感じがしますよね。梨園とは歌舞音曲を好んでいた唐の玄宗皇帝が、歌や踊りを自ら教えていた場に梨が数多く植えられていたからと言われていますが、確かに、“皇室・梨園・相撲部屋”は嫁ぎ先として特殊なところかもしれません。

成毛 (ボソッと)“皇室・梨園・相撲部屋”。これも日本語ラップか……(注・前回の会話“バレる・イバる・自己紹介”参照)。

なるけ・まこと
1955年北海道生まれ。中央大学商学部卒。マイクロソフト日本法人社長を経て、投資コンサルティング会社インスパイア取締役ファウンダー。書評サイト「HONZ」代表。『本棚にもルールがある』(ダイヤモンド社)『ビジネスマンへの歌舞伎案内』(NHK出版)『教養は「事典」で磨け』(光文社)など著書多数。
Photo:Kazutoshi Sumitomo

おくだ ラップなら“梨園・皇室・相撲部屋”のほうがリズム感が良さそうですね。ともあれ、梨園の妻にとって歌舞伎役者さんは伴侶なのですが、彼女たちはスターの奥さまである以上に、何代も続いている“商い店(みせ)のおかみさん”のような存在です。

成毛 それはわかりやすいですね。歌舞伎座などでも、夫が舞台に立つときは、奥さまがロビーでご贔屓さんに挨拶している姿をよく見ますが、あれもその家の営業担当副社長の仕事だとすれば納得がいきます。

おくだ そうですね。ただ、奥さまがロビーにいることを嬉しいという人もいる一方で、夢を見たくて劇場に来たのに、奥さまがいることで現実に引き戻されて興ざめだというファンの声もありますね。

成毛 なるほど、そう見られることもあるのか。

おくだ あと、梨園の妻がきれいに着物を着こなすことは、呉服業界には大きな意味があるようです。雑誌の企画、特集でもよく見かけますよね。

成毛 家内が着物を欲しがって困っています。

おくだ 一般の家庭の奥さまなら、結婚によって増える付き合いは親戚づきあいくらいでしょうが、梨園の妻や相撲部屋の女将さんは、伴侶の仕事上の付き合いにも通じなくてはなりません。ご贔屓すじやファンの方、お客様への応対も大切です。それに子育て、特に男の子を育てる場合は、後継者育成も大事な仕事になります。お弟子さんの面倒を見る必要もあります。一人何役もこなしていかないといけない。本当に大変なんですよね、役者さんの奥さまは。