カネさえ払えば自由に解雇できるようになる――。政府の産業競争力会議で議論されて以来、そんな批判が数多く寄せられている「解雇規制改革」の問題。これに賛成の立場を示す八代尚宏・国際基督教大学客員教授は、「企業の得、労働者の損」という通り一遍な認識をされがちなこの問題には大きな誤解があると言う。なぜなら、日本では労使間の階級対立よりも、正社員と非正社員、大企業と中小企業の「労働者間の利害対立(労・労対立)」の方がより深刻であり、実のところ解雇規制の改革は、中小企業の労働者を守る規制強化にもつながるからだ。(本アジェンダの論点整理については第1回の編集部まとめを参照)
“企業に得、労働者に損”は本当か
「解雇規制の改革」の意味
国際基督教大学教養学部客員教授。経済企画庁、日本経済研究センター理事長等を経て、2005年より現職。著書に『労働市場改革の経済学』(東洋経済新報社)、『新自由主義の復権』(中公新書)などがある。
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解雇規制の改革は、成長戦略の大きな柱として重要である。この問題については、「企業の得、労働者の損」という認識が一般的である。しかし、現行の雇用保障の慣行は、元々、法律で強制されたのではなく、戦後の高成長期に、企業の必要性に基づき成立したものであり、それが経済社会環境の変化に対応した修正を求められているのである。労働基準法では、解雇の際には30日前の通告(即日解雇なら30日分の賃金支払い)を義務付けるのみで、休業中の労働者等への保護規定を除けば、事実上の「解雇自由」の状況に近い。しかし、実定法の解雇規制の不足を補うため、判例法で「客観的に合理的な理由がない解雇は無効」という法理が形成され、そのまま2008年施行の労働契約法に盛り込まれている。
しかし、解雇された労働者が、それが「合理的な解雇ではない」ことを示すために、裁判に訴えなければならないことは、そうした余裕のない中小企業の労働者にとっては役立たない。他方で、大企業の労働組合に支持される労働者は、長期の法廷闘争で、解雇無効の判決を勝ち取れる可能性は大きい。「中小企業が解雇自由だから、大企業についても規制改革すべきでない」という論理は成り立たない。
現状の解雇規制は、単に厳し過ぎることが問題ではない。大企業と中小企業の労働者間の大きな格差があることが真の問題なのである。これを解雇の金銭補償を中心に、より公平で透明性の高いルールへと改革することが、労働契約法制定の本来の目的であり、当時の規制改革会議もこれを支持していた。しかし、金銭補償について厚生労働省の労働審議会での議論がまとまらず、結果的に抽象的な判例法の内容をそのままコピーしただけの「骨抜き法案」になってしまった。
自由な契約を前提とする市場経済で、何かを例外的に規制する場合には、その内容が「客観的・合理的」なものでなければならない。その大きな柱である解雇の金銭補償の月収基準がドイツ(12-18ヵ月)やイタリア(15-27ヵ月)のように明確に示されなければ、およそ法律として十分に機能しない。