
東京の新宿・歌舞伎町にある東宝ビル脇の路上。そこに集まる通称「トー横キッズ」たちの薬物乱用が社会問題になっている。そんなある日、薬物依存の専門医・松本俊彦は、トー横の光景を前にして、あることに気づいた。一斉補導ではない、「トー横キッズ」たちに本当に必要なこととは?本稿は横道 誠、松本俊彦共著『酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話』(太田出版)のうち、精神科医である松本俊彦の執筆パートの一部を抜粋・編集したものです。
子どもの薬物乱用対策
規制や脅しではダメ
最近、私が気になっているのは、現在、政府が考えている市販薬規制のことです。仄聞(そくぶん)したところによれば、政府の委員会では、ドラッグストアに市販薬オーバードーズの「恐ろしさ」を強調したポスターを掲示したり、マイナ保険証で履歴を確認したり、未成年の場合には身分証明書の提示を求めたり、さらには、くりかえし購入する者には定期的な監視・指導をしたり……といったことが議論されているようです。
これって発想が完全に「マトリ」(編集部注/麻薬取締官)的です。
私はこうした規制に懐疑的です。もちろん、市販薬製品1箱に含まれる錠剤数を少なくする、あるいは、壜(びん)売りをやめてすべてPTPシート形式で販売したりなど、製薬メーカー側が過量服用防止策を講じる必要はありますが、これらとてしょせんは枝葉の対策に過ぎません。
忘れてはならないのは、子どもたちは決して快感を得たくて市販薬を乱用しているのではない、ということです。
苦痛を一時的に緩和したり、困難を解消したり、なかには、それこそ「消えたい」「死にたい」という気持ちを紛らわすために過量服薬している子もいます。なるほど、市販薬乱用が長期的には自殺の危険因子であることは確かですが、皮肉にも、「いますぐ死ぬ」のをほんの少しだけ延期するという意味で、短期的には自殺に対して保護的因子となってもいます。
この状況で販売規制だけをしても、子どもたちの命は守れないでしょう。むしろ市販薬を過量服薬せざるを得ない心理的苦痛や現実的困難を解決すべきです。また、ドラッグストアに提示すべきポスターは、「市販薬乱用の恐ろしさ」を誇張して脅すのではなく、様々な生きづらさに関する相談窓口の情報を掲示すべきでしょう。
重篤な肝機能障害を招く
感冒薬の過量服用
私が危惧するのは、規制強化によって問題が地下に潜行したり、より危険な物質が乱用対象となったりする可能性です。意外に知られていませんが、市販薬乱用エピデミック(編集部注/流行)は、皮肉にも2014年にメチルエフェドリン・ジヒドロコデイン含有「鎮咳薬」の販売個数制限を開始した後から一気に拡大しています。それ以降、子どもたちは、同じ成分を含有しながらも販売個数が制限されていない「感冒薬」を乱用するようになりました(そちらの薬剤の方が実は価格的にお得です)。