「プロ経営者の教科書」CEOとCFOの必修科目
2015年7月16日 ダイヤモンド・オンライン編集部

元金融庁長官が語る
日本でIFRS適用企業が急増する理由

佐藤隆文・IFRS財団トラスティ

元金融庁長官の佐藤隆文氏は、2014年11月から、IFRS(国際財務報告基準)設定主体、国際会計基準審議会(IASB)の母体機関であるIFR財団でトラスティ(評議員)を務める。また、佐藤氏が自主規制法人理事長を務める日本取引所グループも、企業にIFRS採用を促している。IFRSを適用する日本企業が増加している今、そのトレンドの背景や採用することの意味について聞いた。

IFRSの任意適用を認める
日本のユニークなスタンス

さとう・たかふみ
1973年大蔵省入省。金融庁監督局長などを経て、2007年から09年に金融庁長官。一橋大学教授を経て、13年より東京証券取引所自主規制法人(現日本取引所自主規制法人)理事長、14年よりIFRS財団評議員を務める。

――金融庁長官在任中の2009年6月に公表された「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」(日本版IFRSロードマップ)は、12年を目途に、15年または16年から強制適用を開始することについての是非を判断することとされました。その後、強制適用は棚上げされましたが、ロードマップ公表の動きには、どのような背景があったのでしょうか。

佐藤(以下略):2005年に欧州ではIFRSが強制適用され、欧州で活動する外国企業に対しては09年以降、IFRSまたはIFRSと同等の会計基準の適用が義務付けられました。そのため、日本の会計基準がIFRSと同等と評価されるためのコンバージェンス作業が行われ、EUは、日本基準がIFRSと同等と認めました。さらに米国が、米国市場で適用すべき会計基準としてIFRSを認めるかについて検討するためのスケジュールを示したロードマップを、08年に決定。日本もグローバルの動きに取り残されてはいけないと、09年にロードマップを公表しました。

――この日本版ロードマップでは、一定の要件を満たす企業に対し、2010年3月期からIFRSの任意適用を認めることが示されました。

 これにより、グローバル展開している日本企業を中心に、企業の自主判断でIFRSを適用できることになりました。IFRS強制適用の欧州、外国企業にはIFRS適用を認めるものの国内企業には認めない米国などと異なり、日本は任意適用というユニークなスタンスをとっています。

 この2、3年は、資本市場の国際化のなかで、政策的にもIFRS適用が促され、適用企業が急増してきました。今年6末時点のIFRS適用企業は、上場約3500社(時価総額約607兆円)のうち61社(同92兆円)を占め、時価総額ベースでは全体の15%に達しています。

 さらに、IFRS適用を決定した企業、もしくは予定している企業、目標としている企業も含めると計109社(同147兆円)で、時価総額は全上場企業の約4分の1になります。任意適用開始当初は、製薬や商社を中心とする業種に限られていましたが、現在は業種の幅も広がっています。

IFRS適用に向けて
企業を後押しする環境を整備

――日本の会計基準設定主体である企業会計基準委員会(ASBJ)は、日本版のIFRSとされる「修正国際基準」(JMIS)をまとめ、来年3月期以降の利用が可能になります。

 JMISを日本版IFRSと呼ぶのは必ずしも正確でないと思います。JMISには、IFRSに対し日本企業から修正を求める意見が強かった、(1)のれんの償却、(2)その他包括利益のリサイクリング――の2項目について、日本の会計基準の考え方を世界に対して発信していく、という意味があります。

 国際会計基準審議会(IASB)が設定するピュアなIFRSの適用が広まる中で、あえてJMISを公表するのは、世界100ヵ国を超える国々が採用し、常に進化を続ける国際的な会計基準に対して、日本もそのプロセスに積極的に参画するという意思表示です。

 日本人は、基準設定主体であるIASBのメンバーに1人、母体機関であるIFRS財団に私を含め2人が入り、さらにIFRS財団の唯一の海外オフィスである「アジア・オセアニア・オフィス」が東京・大手町に開設されているなど、日本として一定のプレゼンスを保っています。

――IFRSに対して、取引所はどのようなスタンスをとっているのでしょう。

 取引所の使命は、第一に、上場企業に企業価値を持続的に高める質の高い経営をしてもらうよう促すとともに、必要な資金調達の機会を提供すること。第二に、投資家に利便性の高い取引機会を提供すると共に、上場企業の業績が一貫性のある形でタイムリーに開示されることを通じ、合理的投資判断の環境を整えること。そして第三に、両者が出会う取引所市場での株価形成を通じて、日本経済全体の価格発見機能を提供すること、の3点と考えています。この使命に照らしても、グローバルに通用する質の高い会計基準は、取引所市場にとって重要なインフラの1つなのです。

 そのために、東京証券取引を含む日本取引所グループ(JPX)では、昨年1月から算出を始めた新指数「JPX日経インデックス400」の銘柄企業の選定に際し、IFRS採用を定性的な加点要素に挙げています。インデックスに採用されることは、企業の名声を高め、パッシブ運用を行うファンドなどからの買いにもつながり、株価にも好影響を及ぼします。

 こうしたインセンティブを付与する一方で、「日本再興戦略 改訂2014」に従って、取引所は上場企業に対し、「会計基準の選択に関する基本的な考え方」を、決算短信などで投資家に開示するよう要請しています。これは、経営者の皆さんに会計基準の選択について考える機会を提供することにつながると思います。JPXは、一貫してIFRS適用を奨励しています。

 

日本企業が任意で
IFRSを採用するメリットとは?

――日本企業がIFRSを適用する理由はどこにあるのでしょうか。

 金融庁は、IFRS適用企業にヒアリングした結果を本年4月に「IFRS適用レポート」にまとめています。それによると、採用理由で最も多いのは、経営管理の強化です。日本を代表するようなグローバル企業は海外に多くの子会社を持っていますが、各国で会計基準がバラバラだと、会計処理が煩雑というだけでなく、各子会社の業績を正確に評価することが難しくなります。そこで、IFRSという共通の物差しを導入すれば、グローバルにガバナンスを強化することができ、迅速な経営判断にも寄与することになります。

 第二のメリットは、ライバル企業との比較可能性の向上です。グローバルに展開している日本企業は、同業の日本企業とだけ業績を比較するのでは不十分です。外国の同業企業や関連産業との業績比較が求められます。それには、同じ会計基準の目線で比較できることが重要になります。特に、M&Aのような高度な経営判断を行う際には、共通の会計基準で業績や企業価値を評価することが大切です。

 投資家の視点からは、同じ会計基準で投資判断を行えることが大切ですが、企業は、これまで世界の投資家に対して、会計基準によって決算の数字に違いが出る部分を説明する必要がありました。IFRS適用により、そうしたIR活動の余分な手間を省かれ、海外投資家への説明が容易になる、というのが第三のメリットです。

――企業はIFRSへの移行を、どのように進めているのでしょう。

「IFRS適用レポート」のまとめでは、CEO、CFOが主導するトップダウン型と、経理会計部門の実務レベルからのボトムアップ型の2つに分かれています。先に述べたグローバルな経営判断を適切に行うための経営管理や比較可能性の向上、あるいは海外での資金調達が必要、といった理由でIFRS適用をトップが指示したり、あるいは経理・財務部門が実務の視点から適用の必要性を訴えたり、という双方向の流れがあるのは自然なことです。

 トップダウンとボトムアップのどちらがいいか、という話ではなく、いずれにしろ、経営陣の視野の広い判断と、実務レベルの業務効率化などの問題意識の組み合わせで、移行プロジェクトは進んでいく、と考えています。

中小企業にもコストより
メリットのほうが大きい

――今後、さらにIFRS適用が広がると、中堅・中小の企業にとって、移行に伴うコストが重荷になりませんか。

 中小企業でも、グローバル企業と取引があったり、海外進出を進めていたりする場合は、IFRS適用のメリットが意識されるかもしれません。一方で、社内システムなどの変更で、大きな負担が生じることも考えられます。

 ただ日本は、IFRSを任意適用できる、という枠組みなので、経営判断の問題になります。各経営者が、IFRS適用のメリットとコストを検討して、メリットが上回るなら移行を判断する、ということになるでしょう。

 当面は、IFRSに対応できる会計士の育成数、ビジネス慣行に基づく業界ごとの特性をIFRSでをどう解釈適用するか、などの課題を掘り下げていく必要があるかもしれません。ただし、高品質で国際的に通用する会計基準が市場の重要な基盤であるという点に変わりはなく、IFRSの適用は今後も奨励されていくと思います。