規制が強く閉鎖的な経済は、市場の内側にいる既得権者と市場の外にいる弱者を隔て、格差を広げる。正社員と非正規社員の二極化が進む日本の労働市場がその典型だ。改革には正社員の解雇規制の緩和が有効である。だが、日本社会はいっこうに受け入れようとしない。一体、なぜだろうか。『競争と公平感―市場経済の本当のメリット』(中公新書)で、解雇規制緩和論を展開する大竹文雄・大阪大学教授に聞いた。
―前回に続いて、「日本人はなぜ、市場主義経済が嫌いなのか」という質問を続けます。市場主義を批判する人々の多くは、「官から民へ」というスローガンを掲げて規制改革を促進し、市場競争を促した小泉政権を敵視しています。日本人を市場主義嫌いにするどのような失策を、小泉政権は犯したのでしょうか。
1961年、京都府生まれ。83年、京都大学経済学部卒業。85年、大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。大阪大学経済学部助手などを経て、現在は大阪大学社会研究所教授。労働経済学専攻。2005年に『日本の不平等―格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社)で、サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞、エコノミスト賞を受賞。他にも著書多数。
一つ思い当たるのは、「市場主義」と既存の大企業を保護する「大企業主義」とが同一視されてしまったのではないか、という点です。
小泉政権では、経済財政諮問会議が経済政策の企画立案の中枢機関となりました。その司令塔たる諮問会議の4人の民間委員は、市場主義を代表する経済学者2人と大企業の利益代表である財界人2人で構成されていました。その結果、小泉政権の経済政策は、市場主義的な政策と財界の利益誘導、利権獲得の両方が混じってしまったのではないでしょうか。
市場主義的な政策は、財界の利益と一致するものもありますが、明らかに対立するものもあります。例えば、携帯電話やテレビ放送の周波数割り当てに際しては、経済学者は競争入札で行なうべきだと考えるでしょう。しかし、すでに周波数を割り当てられている大企業にとってみれば、競争入札は既得権を失いかねず、望ましくない方法になります。その結果、政策的な妥協が起こってしまったのではないでしょうか。
また、「官から民へ」という政策についても、公正さが疑われる場面がありました。郵政民営化に関連する施設の競争入札で、規制改革を主導した財界人が経営する大企業が安い価格で落札し、それを知らされた国民の多くが不審に思ったのは事実です。
―つまり、小泉政権が押し進めた市場主義では、旧来の利権構造が温存された、と国民が受け取ったということですか。
というよりも、市場主義の名の下で利権の仕組みの変更が行なわれただけだった、という側面が強かったということです。「官から民へ」というスローガンのもとで、官から剥奪した利権が市場ではなく、一部の財界に移されたという一面があったわけです。それを見て、市場主義とは大企業保護主義ではないか、と国民は反感を強め、反市場主義につながったのではないでしょうか。
もちろん、これは誤解です。誰にでも参入できるという公平性が担保されていることが、市場主義の一番大切な点ですから、市場主義は大企業保護主義とは無関係どころか相反するものです。