
トランプ関税を「課される側」の日本が受けるのは、典型的な負の需要ショックである。今、日本経済に求められているのは、利下げによる金融緩和で円安を促し、財政出動によって物価と景気を下支えする戦略だ。だが、トランプ関税という非常事態でも、日銀は利上げ姿勢を崩していない。日銀が利下げに転換せず機会主義的な姿勢に終始すれば、「賃金と物価の好循環」が失速し、かつての慢性デフレに逆戻りしかねない。(ナウキャスト創業者・取締役、東京大学名誉教授 渡辺 努)
賃金・物価の好循環は終わるのか
トランプ関税を巡る日本政府、日本銀行の政策論議が迷走気味だ。
もっとも、大統領本人の姿勢が一貫せず、何をしでかすか分からない以上、混乱が生じるのも致し方ないのかもしれないが、それでも目に余る。パンデミック初期に見られた政策対応の迷走を想起させるほどだ。
本稿の目的は、「賃金と物価の好循環」という視点から、議論を整理することである。日本の賃金と物価は、2022年春から正常化へと向かい、今春闘でも高い賃上げが見込まれている。岸田・石破両政権が中核的なスローガンとして掲げてきた「好循環」の定着がようやく見えてきたところだった。しかし、関税ショックはその流れを一変させた。
こうした中で、日銀の植田和男総裁は5月1日の会見で、「好循環」がいったん足踏み状態に入るとの見解を示した。市場関係者やエコノミストの間では、「好循環はこれで終わった」という厳しい見方も浮上している。
以下では、トランプ関税はどのような仕組みで「好循環」を妨げるのかを整理した上で、「好循環」を維持するにはどのような政策対応が必要かを考える。