「トップ・マネジメントの教科書」CEOとCFO その新しい関係
2016年4月7日 

狙いは資源配分と組織の効率向上
成功のカギは精緻なシナリオにある

宮島英昭・早稲田大学 商学学術院 教授、高等研究所 所長

2012年以降のM&Aの急増は「第3の波」ともいわれる。かつて日本では経営戦略の本流とはいえなかったM&Aも、企業成長には欠かせないものと認識されるようになった。ただ、周到さを欠くM&Aはかえって企業価値を毀損させる。狙いをどこに定め、どう成功に導くべきか。企業のM&Aに詳しい宮島英昭・早稲田大学教授に聞いた。(聞き手/DIAMOND MANAGEMENT FORUM編集室 田原 寛)

成長戦略として定着も
国際的には低水準に留まる

――日本においてM&Aの潮流はどのように変化してきたのでしょうか。

宮島(以下略):1980年代後半、為替の上昇と低金利を背景にM&Aの第1の波が訪れました。この時はイン・アウトのM&A(国内企業による海外企業買収)が主流で、ソニーのコロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメント買収、三菱地所の米ロックフェラー・グループ買収などがありました。

1985年東京大学大学院博士課程修了。早稲田大学商学部専任講師、助教授を経て現職。専門は日本経済論、日本経済史研究、企業金融、コーポレート・ガバナンス。著書に『日本のM&A: 企業統治・組織効率・企業価値へのインパクト』(東洋経済新報社、2007年)、『産業政策と企業統治の経済史:日本経済発展のミクロ分析』(有斐閣、2004年)など。

 その後、大きな節目を迎えたのが1990年代後半です。97年に金融危機が起こり、98年に日本経済はマイナス成長に陥りました。この頃から、M&Aに関連する制度改革が進みます。97年に持ち株会社の設立が解禁され、99年には企業買収において株式交換が利用できるようになりました。2002年には財務報告に時価会計が導入されるなど、会計基準の変更も行われました。それに伴いデュー・ディリジェンスの精度が高まり、M&Aリスクの低減につながりました。

 そして、1990年代の終わりから2000年代初頭にかけて、川崎製鉄とNKKの合併によるJFEホールディングスの設立やメガバンクの再編などが相次ぎ、株式交換による買収も数多く実施されました。それまでは、日本企業の成長戦略はグリーン・フィールド投資、つまり、ゼロから事業を立ち上げる内部成長が基本でしたが、この頃になると、M&Aが重要な成長戦略に位置づけられるようになりました。

 このM&Aの第2波は2006年がピークでした。企業を買収するにも、事業再編を行うにも、一般的にまとまった資金が必要です。このため、マーケット環境がよくないとM&Aは盛り上がりません。06年まではその状態が続いたのですが、07年夏のサブプライム・ローン問題の顕在化、08年のリーマン・ショックによって市場がクラッシュし、M&Aも大きく退潮しました。ただ、落ち込んだとはいえ、10〜11年のM&A件数は03〜04年と同じ水準で、戦略としては完全に定着したといえます。

 日本では2012年から再びM&Aが増加に転じますが、アベノミクスによる円安進行で為替の条件は不利になったものの、株式市場の好調な推移で、イン・アウトを中心にM&Aの動きが活発化したのです。この12年以降の流れを第3の波と見る向きもあります。
 しかし、2014年の国内のM&A規模は約12兆円といわれており、対GDP比では約2%にすぎません。アメリカでは10%を超えないとM&Aブームとはいわれませんし、国際的に見れば依然低い水準に留まっています。

――M&Aは日本経済の競争力向上にどのような効果がありましたか。

 一般的に言うとM&Aの経済的効果は、資源配分効率あるいは組織効率の向上です。

 たとえば、ある事業部門の収益性が低いならば、その事業を営業譲渡するなり、独立させるなりすることで、資源配分効率が上がります。また、過剰設備を持つ企業同士が統合することで、生産性の低い設備の稼働を停止し、人員の再配置を行うことなどによって、資源配分効率の上昇を見込めます。

 一方、高い経営管理能力を持つ企業が他の企業を買収することで、組織効率が向上する例もよく見られます。

外部専門家を評価できる
社内専門チームの必要性

――M&Aを成功に導く要件は何でしょうか。

 一般論としては3つ挙げられます。一つは、シナジーが生み出せるシナリオがしっかりしていること。もう一つは、フェア・バリュー(適正価格)で購入すること。そして、3つ目はPMI(Post Merger Integration)であり、M&A成立後にどういう形で企業価値を引き上げていくか。とくにイン・アウトの場合は、PMIは重要です。

 資金が余っている企業からするとM&Aは重要な選択肢ですが、投資家から見れば株式配当を増やしてもいいし、自社株買いでもいい。企業価値創出のシナリオをしっかりと描けていないのにただM&Aを実施しても、逆に企業価値を損なうリスクが大きくなります。

 買収するに際しては、プレミアムを払うのが一般的ですが、それが企業価値を生み出すシナリオにおいて許容範囲かどうかも慎重に見極めなくてはりません。売り物は一件しかないので、経営者はつい買いたくなる。しかし、高く買ってしまい、のれんの償却負担で苦しみ、のちのちまで経営に悪影響を及ぼしている例もあります。アメリカのタイヤ販売チェーンの買収でブリヂストンはアクティビスト・ファンドと価格引き上げ合戦を演じましたが、彼らの許容範囲を超えたところで引き下がりました。世界企業としてM&Aの経験を積む中で、企業価値を生み出せるシナリオをしっかりと描けるようになっていたがゆえの撤退だったのではないでしょうか。

 M&Aの成功事例としてよく名前が挙がる日本電産やダイキン工業は比較的小さな企業を買って立て直すことを繰り返しながら、M&Aの知見を蓄積し、PMIに関してもノウハウを定着させていったのだと思います。リスクを低減するためには、そうした経験が欠かせません。

 2000年代に入り金融機関やコンサルティング会社がM&A専門のチームを発足させたり、M&Aを仲介する企業が増えたりするなど、M&Aを取り巻く環境整備は近年飛躍的に進みました。そうした専門家に部分的に任せざるをえないことは事実ですが、外部の専門家を適切に評価できる社員を企業は内部に抱えておく必要があるでしょう。自前で育てるか、外部から登用するか企業によってやり方は異なるでしょうが、M&Aを成長戦略の一環と位置づけるなら、それにふさわしい専門家チームを持っておくべきだと思います。

 企業価値増大を求める投資家からのプレッシャーで、企業が過度なリスクにさらされる危険性はありませんか。

 過度なリスク・テイクを促されると見るかどうかは微妙なところですね。日本企業は一般的には保守的な傾向が強く、企業内に留まっている非効率な資金の活用法として、M&Aはやはり有効な選択肢であることに間違いはありません。

(構成・まとめ/田原 寛)