仮想通貨ビットコインを支える技術がどのように世界を変えるのかを語った、ブロックチェーン解説書の決定版とも言える『ブロックチェーン・レボリューション』。その出版にあわせ、本日より同書の第1章「信頼のプロトコル」の一部を公開します。

 テクノロジー界の魔人(ジーニー)が、ふたたび魔法のランプから解き放たれたようだ。

 いつ誰が何のために召喚したのか、正確なことはわからない。だが魔人はすでにそこにいる。今回の任務は、経済のしくみをがらりと書き換え、人の営みを新たな形に再構築することだ。僕たちが望みさえすれば、すぐにでも願いは叶う。

 どういうことかって?
 説明しよう。

 インターネットは最初の40年で、Eメールやウェブ、ドットコム企業、ソーシャルメディア、モバイル、ビッグデータ、クラウド、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)などの便利な道具を運んできた。おかげで情報交換のコストが大幅に削減され、検索やコラボレーションがぐんとラクになった。新たなメディアやエンターテインメントの参入が容易になり、店舗や組織のあり方が変わり、革新的なネットベンチャーが誕生した。

 さらにセンサー技術によって、財布や衣服、自動車、建物、都市、それに生物までもがインターネットに接続されようとしている。やがてログインという概念が消滅し、僕たちの生活すべてがインターネット・テクノロジーに満たされる時代が遠からずやってくるはずだ。

 全体としてみれば、インターネットは僕たちに、多くのポジティブな変化を与えてくれたといえるだろう。

 ただし、インターネットにできることには、まだ限界がある。

 ザ・ニューヨーカー誌に掲載されたピーター・スタイナーの有名な風刺画をご存知だろうか。パソコンに向かう犬が、もう1匹の犬に対してこう教えてやる場面だ。

「インターネット上では、誰もきみを犬だとは思わないさ」

 この風刺画が掲載されたのは1993年のことだが、オンラインでのアイデンティティの問題はいまだに解決されていない。インターネット上で安全に取引するためには、銀行や政府などの第三者に問い合わせて相手が信用に足るかどうかを教えてもらわなくてはならない。あいだに立つ銀行や政府は、僕たちのデータを集め、プライバシーを侵害し、それを商売や安全保障のために利用している。

 しかも、このインターネット時代にあって、いまだに銀行口座すら持てない人が世界には25億人も存在している。誰もが平等につながりあう時代がやってくるはずだったのに、現実には金と力のある人がますます肥えていくばかりだ。残念ながら今のインターネットは、プライバシーの破壊を埋め合わせるほどの豊かさを生んでいるとは言いがたい。

 テクノロジーは良くも悪くも、すべてを大きく変えてきた。インターネットは人の権利をこれまでにない形で守り、同時に侵害する手段になった。オンラインのコミュニケーションとショッピングの爆発的な普及は生活を便利にしたが、ネット犯罪の危険性を急激に高めた。半導体の集積密度が18~24ヵ月で倍増するというムーアの法則は、その成果を利用して犯罪に手を染める「ムーアの無法者」たちの力をも倍増させた。スパムやなりすまし、フィッシング、盗聴、クラッキング、ネットいじめ、さらにはデータを人質にとって身代金を要求する「データナッパー(誘拐犯)」まで現れる始末だ。

インターネットに足りなかったのは「信頼のプロトコル」

 30年以上も前から、技術者たちはインターネットにおけるプライバシー、セキュリティ、インクルージョン(あらゆる立場の人が参加できる状態)の問題を解決しようと取り組んできた。暗号技術は着実に進化したけれど、それでも完璧に穴をふさぐことはできなかった。どうしても第三者が介入することになるからだ。

 たとえばクレジットカードを使ってオンライン決済するためには、あまりに多くの個人情報を危険にさらさなくてはならない。それにクレジットカードの手数料は高すぎて、小額決済の場合は割にあわない。

 デヴィッド・ショームという数学者は、1993年にイーキャッシュ(eCash)という電子決済システムを考案した。これは「匿名かつ安全な送金を可能にする技術的に完璧なプロダクト」で、「インターネットで小銭を送るのに最適なしくみ」だと言われていた。マイクロソフトをはじめとする企業もその可能性に期待し、イーキャッシュを自社製品に取り入れようとしたほどだ。ところが悲しいことに、当時の消費者はオンラインのプライバシーやセキュリティにまったく関心がなかった。結果として、ショームの立ち上げたデジキャッシュ社は1998年に倒産した。

 同じ頃、ショームの同僚だった暗号学者のニック・サボは「神のプロトコル(The God Protocol)」と題する短い論文を書いた(物理学者レオン・レーダーマン「神の素粒子(the God particle)」という言いまわしに掛けたものだ)。サボは論文のなかで、あらゆる取引の仲介者として神を置けば、そのプロトコル(つまり通信のしくみ)は完全無欠なものになると述べた。

「参加者は全員、神に入力値を送信する。神はそれを受けて、確実に正しい結果を送り返す。神はけっして秘密を漏らさないので、誰も取引相手について出力された結果以上の情報を知ることはできない」

 要するに彼が言いたいのは、インターネットで取引をするためには根拠のない信頼が不可欠であるということだ。インターネットのしくみ自体には十分なセキュリティが備わっていない。だから僕たちは、仲介者を神のごとく信頼するしかない。

 それから10年後の2008年、世界的な金融危機が起こった。同じタイミングで、サトシ・ナカモトを名乗る謎の人物(またはグループ)がある論文を発表した。そこに書かれていたのは、ビットコインと呼ばれる暗号通貨を使った、P2P(ピア・ツー・ピア)方式のまったく新しい電子通貨システムの概要である。

 暗号通貨が従来の通貨と違うところは、発行にも管理にも国が関与しないという点だ。一連のルールに従った分散型コンピューティングによって、信頼された第三者を介することなく、端末間でやりとりされるデータに嘘がないことを保証する。

 この一見ささいなアイデアが火種となり、コンピューターの世界を興奮と不安とイマジネーションで燃え立たせ、さらにはビジネス、政治、プライバシー、社会開発、メディア、ジャーナリズムなどのあらゆる分野に燃え広がった。

「ついに来た、という感じでしたね」そう語るのは、かつて世界初の一般向けウェブブラウザ「Mosaic」を開発したマーク・アンドリーセンだ。

「こいつは天才だ、ノーベル賞に値するぞ、と騒がれています。これこそインターネットがずっと求めつつ得られなかった分散型信頼ネットワークなんです」

 神ではなくただの人間が、冴えたプログラムによって、信頼を創りだす。このことはいったい何を意味するのだろう。いまやあらゆる分野の賢明な人たちが、それを理解しようと努めている。こんなものはかつて一度も存在しなかった。複数の当時者のあいだで直接取り交わされる、信頼された取引。それを認証するのは多数の人びとのコラボレーションであり、その動力源は大企業の儲けではなく、個々の小さな利益の集まりだ。

 神ほど全能ではないにせよ、このしくみはとんでもない力を秘めている。本書ではこれを「信頼のプロトコル」と呼びたい。

 信頼のプロトコルをベースとして、世界中に分散された帳簿がその数をどんどん増やしている。これが「ブロックチェーン」と呼ばれるものだ。ビットコインも一種のブロックチェーンであり、今のところ世界最大規模のチェーンとなっている。

 なんだかややこしい話のようだが、考え方はシンプルだ。要するにブロックチェーンを使えば、僕からあなたへと直接、安全に、銀行やカード会社を介さずに、お金を送ることができる。従来の「情報のインターネット」に対して、ブロックチェーンは「価値とお金のインターネット」だと言えるだろう。

 ブロックチェーンは、誰でも真実を知ることができるプラットフォームだ。しかもオープンソースで公開されているから、誰でも無料でソースコードをダウンロードし、それを使って新たなツールを開発することができる。

 今後ブロックチェーンを使ったアプリケーションが続々と登場し、まだ誰も思いつかないようなやり方で、世の中を根本から変えてしまうかもしれない。ブロックチェーンはそれだけのポテンシャルを秘めているのだ。