この3月中旬、初めてベビーパウダーによるアスベスト(石綿)被害の労災認定が出た。アスベスト被害は一般にはアスベストそのものの吸引で起きると思われてきたが、それ以外の原料にもアスベストは混入している。身の回りにはアスベストを含む可能性の高い商品が氾濫しており、被害が拡大するのは必至だ。

 「やっと認定が出ました……」

 東京都在住の高橋晴美さんは、申請から2年もかかった労災認定を感慨深げに振り返る。

 今年3月17日に労災認定を受けたのは、1993年に36歳の若さで亡くなった夫の進さんだ。死因は悪性胸膜中皮腫。肺や心臓などを包む膜を覆う中皮にできるガンで、ほとんどがアスベストを吸うことで発症する。

 今回の労災認定は、進さんが72年12月から8年半あまり勤めたアダマンド工業(東京都足立区)における時計用宝石の加工作業でのアスベスト曝露(ばくろ)によるものである。もっとも、この会社でアスベストを直接扱っていたわけではない。労災認定した足立労働基準監督署は「個別の事案にはお答えできない」と理由を明らかにしないが、晴美さんはこう説明する。

 「ベビーパウダーの原料のタルクにアスベストが含まれていたからだと労基署から聞いています」

 ベビーパウダーの主原料はタルクと香料。つまりほとんどがタルクだ。

 タルクとは、「滑石(かっせき)」と呼ばれる白色の鉱物を粉砕して粉状にしたもの。建材や塗料をはじめとして、工業製品の充填材・増量材・混和材・結合材として幅広く利用されている。

 ただし、純度100%のタルクはほとんどなく、さまざまな鉱物が不純物として含まれている。じつは、その不純物のなかにアスベストが含まれている場合が少なくないのだ。

 進さんの職場では、時計の軸に使用する人工ルビー同士がくっつかないようベビーパウダーを「打ち粉」として使っていた。

 「振りかけたり、はたいたり、床に落ちたのを掃除したり。閉め切った部屋で7~8人が一日中ベビーパウダーを使って仕事をしていました」と、パートタイマーとして2年間、進さんと同じ職場で働いていた晴美さんは作業の様子を振り返る。

 晴美さんは、進さんが中皮腫を発症したときに医師から「遺伝性の病気」と説明されたため、まさかアスベストが原因だとは思いもしなかった。

 ところが2005年6月、クボタが従業員や工場周辺の住民などに多数の中皮腫被害が発生していたことを公表。「クボタ・ショック」によって急増したアスベスト被害報道で、中皮腫とアスベストの関係を知った。