「電車の座席が空いていても、なんか座れないんだよね」「そうそう、周囲の無言の非難を感じるんだよ」。40歳前後のサラリーマンが、こんな会話を交わしていた。「頑張ってあたりまえ」と思われているこの世代は、座って休むことも許されないらしい。

 およそ10人にひとりがかかるともいわれる、うつ。とくに職場や家庭の責任が重くのしかかる30~50代のビジネスパーソンには、身近な脅威と認識されているようだ。だが、ほんとうにうつは脅威なのだろうか?

 「遮二無二働いてきたけれど、うつによって立ち止まることで、生き方を変えることができた」。うつを経験し、そこから生還した人々は異口同音にこう語る。空いた席に座り、外の景色を眺めていれば、「電車を乗り換えてみよう」とか、「この駅で降りてみよう」といった気持ちになることもあるかもしれない。うつは人生を見つめ直す、一つの転機になりうるのだ。

 もちろん、ときに死に至ることもあるうつは、けっしてなめてかかってはいけない病気だ。とはいえ、うつを克服し、そこから何かを学び取ることは可能なのではないか。うつをきっかけに会社との結びつきを見直し、脱サラを果たした友人に話を聞いてみた。

絆の断ち切られた会社で

うつ、のち晴れ。 小野寺昇平さん(仮名・39歳)はおおらかな雰囲気の人だ。学生時代からのつきあいだが、明るくて頼り甲斐があり、仲間うちでもリーダー的な存在だった。だから、その彼から「うつらしき症状で悩んでいた」と打ち明けられたときは、正直、信じられなかった。

 最初に現われたのは「不眠」。うつの人に必ずといってよいほど訪れる症状だ。寝つきの悪い「入眠障害」と、夜中に目が覚めたりして熟睡感を得られない「熟眠障害」、途中で目が覚めてしまう「早朝覚醒」がある。うつではとくに入眠障害と熟眠障害が多い。