大手商社が国内農業に参入――。政府が後押しする規制緩和の波に乗って、多くの企業が農業に取り組む昨今にあって、特段に目新しい話ではない。にもかかわらず、意外にもこの参入劇が関係者の耳目を集めている。
トヨタグループの商社「豊田通商」が宮城県栗原市で来年から、地元農家と共同で設立した「農業生産法人」を通じ、パプリカの生産を開始するというものだ。
大手商社では初の参入だが、「投資額は約2億円と商社としては小さく、たいして儲かる事業ではないし、地味にやっていくだけです」。実働部隊となる子会社「豊通食料」の笹川徹取締役はいたって控えめだが、ある業界関係者は「国内消費量(2万5000トン)の実に96%を輸入に依存するパプリカを栽培作物に選んだのは、うまい戦略ですよ」と高く評価する。
宮城大の大泉一貫教授(農業経済)が「企業の参入で、農家や農協が最も恐れるのは、自分たちのパイを奪われること」と指摘するように、農業に参入したはいいが、彼らの協力を得られず経営に苦しむ企業は少なくない。
そこで豊通は、輸入主体で国内の農家と競合しないパプリカであれば、地元の抵抗感も薄まると考えたわけだ。温室の整備など数億円の設備投資を要し、個人農家では難しい「施設野菜」である点も好感されたようだ。この参入に対する関心は高く、同社や宮城県には全国の自治体などから問い合わせが相次いだという。
さらに「49.5%」 という生産法人への出資比率も話題になった。
企業の生産法人への出資は原則10%までに制限されている。それでも豊通は「コメなどの主要作物ではなく、輸入作物を栽培することで、食料自給率の向上にもつながると地元自治体を説得」して、参入企業の足かせになっていた出資比率の引き上げに成功した。これにより、生産法人の筆頭株主となり、経営面でイニシアチブを握ることが可能となった。
同社はパプリカが軌道に乗れば、国内生産が進んでいない西洋野菜など、高付加価値で資本集約型の野菜の生産を拡大していく考えだ。5年後には年100億円の事業規模を目指すという。
担い手不足や増大する休耕地への対策として、政府は企業参入についてさらなる規制緩和を検討中で、年内にも改革案がまとまる見通しだ。
ただ、業界団体が市町村に行った調査では「積極的に企業参入を推進したい」と回答した割合が7%にとどまるなど、農業関係者の〝企業アレルギー〟は根強い。
既存農家との〝棲み分け〟を打ち出した豊通の取り組みは、規模こそ小さいが、企業農業の未来を占う試金石でもある。
(『週刊ダイヤモンド』編集部 山口圭介)