日本に株式を上場している企業は数あるが、利益の多さで注目を浴びることをホンネでは望んでいない人たちがいる。通信業界の巨人NTTグループである。
5月13日、NTT(持ち株会社)が発表したNTTグループの2009年3月期連結決算は、売上高が前期比2.5%減の10兆4163億円、営業利益は14.9%減の1兆1097億円、純利益は15.2%減の5386億円の減収減益となった。
それだけなら世間の人は関心を持たないかもしれない。だが、昨年秋以降の世界的な景気後退の影響により、トヨタ自動車を筆頭とした国内の自動車産業が“総崩れ”になったことで、事情が一変した。図らずも6年ぶりに「NTT」(グループ全体)が、国内上場企業の営業利益で首位に返り咲き、「NTTドコモ」(携帯電話事業)が2位になる可能性が濃厚になってきたのである。
NTTの司令塔である持ち株会社の三浦惺社長は、3カ月前の第3四半期決算に引き続き、今回も「相対的にこういう状況になった」と強調せざるをえなかった。ちっとも、嬉しそうではないのである。
NTTは、2010年中に議論が再開されることになっている「NTT再々編問題」を目前にした時期に、「国内最高益の一位と二位を独占」などと妙な目立ち方をしたくない。そして、グループの純利益で約70%以上を稼ぐドコモは、2010年以後の通信業界で鍵を握る“虎の子”なので、なるべく傷をつけたくない。
しかも、NTT(グループ全体)の営業利益(1兆1097億円)にはドコモの営業利益(8309億円)が含まれているにもかかわらず、「新聞記事などで両社を併記されると、本体とドコモを合わせて約1兆9000億万円以上儲かっている企業のように見えてしまう」(持ち株会社の幹部)という悩みもある。
なにしろ、沈滞ムードが蔓延する国民生活を刺激して、消費者から「ドコモは儲け過ぎだ」と批判の声が高まると、そのまま「料金を下げろ」という圧力につながりかねない。さらに、その声が激しくなれば、監督官庁の総務省が新たな大義名分を掲げて規制の強化に乗り出してくることが想定される。
当のドコモは、NTT(持ち株会社)に先立ち、4月28日に2009年3月期の連結決算を発表した。売上高が前期比5.6%減の4兆4479億円、営業利益が2.8%増の8309億円、純利益は3.9%減の4718億円の減収増益だった。加えて、2010年3月期の営業利益予測は、0.1%減の8300億円と慎重なものだった。
ドコモは、今年1月の第3四半期決算で、自らの好業績を支えてくれた国内の端末メーカーが苦境に陥った状況を打開するとして、約100億円の開発費を負担することを申し出た。そして今回、顧客満足度向上のための施策として、2009年度中に新たに約400億円の大金を投じる方針を表明した。
現在、ドコモは、2010年の顧客満足度No.1と2012年の営業利益9000億円の達成を目指すという“中期ビジョン”を掲げている。山田隆持社長は、今回の約400億円は「その中期ビジョンを達成するため」と胸を張る。続けて、「そのための“弾込め”(施策の実施)にも、(約400億円とは別に)200~300億円を(すでに)注ぎ込んでいる」と明かした。
今や、NTTグループ最大の稼ぎ頭のドコモにとって、5800万人の顧客満足度を向上させる施策と、自らに矛先が向かう“儲け過ぎ批判”を避けるための施策が、見事に表裏一体の関係にあるのである。
それにしても、これらの大盤振る舞いをしたうえで、なおドコモは今期8300億円という営業利益を見込む。国内企業の多くが爪に火を灯すようなコスト削減で赤字から逃れたり、減益幅を抑えたりするなかで、前期、今期と顧客満足度向上のために100億円単位のカネをポンポン計上しつつも軽々と増益を確保するあたり、ドコモにはまだまだ余力があるように見える。
その一方で、“儲け過ぎ批判”を避けつつ、業績は順調に推移するイメージを植え付けたい山田社長は、記者団に対して「8300億円については、ぜひ“微減”と書かずに、“横ばい”と書いていただきたい。よろしくお願いします」とまで言ってのけた。
このあたりに、奇妙な宿命を課された経営者の微妙な心の内が見て取れる。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)