「ダメ上司」という
レッテルを貼らない

 どんな職場でも、上司を動かすのがうまい、上司の力をうまく引き出して成果につなげている人は必ずいるものです。

 そうした人たちがどのようなコミュニケーションのとり方をしているのかと振り返ってみると、いくつかのキーワードが浮かび上がってきます。

 第1に、上司を動かすのがうまい人は、上司から「信頼を勝ち得ている」といえるでしょう。上司からの信頼とは、「こいつは有能な部下、優秀な部下だ」という信頼もあるでしょうし、一緒に仕事をやっていこうという信頼、この部下は裏切らないだろうという信頼など、さまざまな信頼があります。まずは、そうした信頼を上司から得ることがコーチングアップのベースといえます。

 同時に、信頼を受けている部下というのは、上司のことも信頼しているものです。たとえ上司と考え方が違っていたとしても、「この人はダメ上司だ」などというようにネガティブなレッテルを貼らず、また「どうせこの人にはわからないんだ」というようにあきらめてしまわないことが大切です。たとえ考え方や持ち味が違っていても、上司との間に信頼関係を築こうという姿勢を持つことが必要なのです。

 コーチングの底流には「人間には無限の可能性がある」という、人間性に対する基本的な信頼があります。故・松下幸之助さんは「人間は磨けば光るダイヤモンドの原石のようなもの」と表現していましたが、コーチングは、まさに「磨くこと」だといえるでしょう。そして、その人間性を大切にする発想が、コーチングの原点になっているのです。

 松下幸之助さんの思想哲学には、コーチングの考え方に、きわめて近いものがあるといえます。たとえば、次のような基本スタンスをあげることができます。

●人間は原則として無限の可能性を持っている。

●1人ひとりが自らの可能性を主体的・自発的に開発することこそ、人間にとっての自己実現である。

●個人の多様な能力を開花させるには、個別の適切なサポートがきわめて有効であり、幸せにつながる。

 これが松下流の人材育成理念そのものであり、また、コーチングのベースにある考え方といえます。

 人間は、何歳になっても学習力があって成長していく、マネジメントの力を高めていくことができるものです。こうした「人間に対する信頼」のようなものを持っていること、その信頼をベースにした上司との相互信頼があること。この2つがそろって、初めてコーチングアップの関係というのは成り立ち得るのではないかと思います。

 ですから、一見、「ダメ上司」に見える上司であったとしても、その内側にはダイヤモンドの輝きが秘められていると信じることが、相互信頼構築への第一歩となるのです。