トラブルが起きて裁判に臨む際、現代ならば成文の法律がある。だが、源頼朝が1185年に東国に打ち立てた武家政権は、先例の積み重ねをもとに判決がくだされる慣習法の社会だった。1221年に後鳥羽上皇が鎌倉幕府に戦いを挑んで破れると(承久の乱)、西日本に広がる上皇方の所領3000ヶ所に鎌倉方の力が及ぶようになる。こうして全国的な統治体制が求められる中、1232年に制定されたのが、武家を対象とする日本初の成文法「御成敗式目」だった。ときの執権北条泰時は、承久の乱で幕府軍を率いて京都に攻め上った総大将。泰時にとって、まさに乱の総仕上げと言えるだろう。本稿は、佐藤雄基『御成敗式目』(中央公論新社)の一部を抜粋・編集したものです。
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