ワクチン接種の遅れとカモスタットの可能性

 厚生労働省によれば、新型コロナワクチンの対象は接種する日に16歳以上であり、その期間は2022年2月末までの予定となっている。中学入試の時期までに、受験生のいる家庭での接種が完了しているか、現段階では確信が持てない。さまざまなワクチンをはじめとする新薬開発の一方で、既存の医薬品で有効なものはないか検証も続けられている。

内田義之(うちだ・よしゆき)
内科医、日本呼吸器学会指導医。医学博士。医療法人社団重陽理事長、「さんくりにっく」(東京・練馬区)院長。1955年東京生まれ。麻布学園高校、筑波大学医学専門学群を経て、同大学院博士課程医学研究科生理系呼吸器内科学進学。ジョンズ・ホプキンス大学フェロー、ウェイン州立大学リサーチアソシエイト。茨城県内の病院に勤務、2001年には日本の医学系大学ベンチャー第1号「プロジェクトユー」の代表取締役社長も務めた。NPO法人化学物質による大気汚染から健康を守る会(VOC研究会)理事長。呼吸器と感染症のエキスパート。

 2020年4月7日からとなった最初の緊急事態宣言から2週間が経過した今から1年前、「臨床医が実践していること」と題して、新型コロナウイルスの感染の仕方と感染防止策について当連載でも取り上げた。昨年の状況についてはこちらに動画があるのでご参照いただきたい。

 この1年間で何が変わったのか。感染症と呼吸器の専門家である臨床内科医の内田義之氏に再びお話をうかがった。動画はこちらからご覧いただける。

 まず、新型コロナウイルス(COVID-19)に感染する仕組みをおさらいしておこう。このウイルスは、遺伝子である核酸の周りをタンパク質の殻が覆った構造になっており、多数のスパイク状突起が王冠(コロナ)のように見えることがその名前の由来となっている。

 このウイルスがヒトのタンパク質「ACE2」と結合した後、その細胞膜上にあるタンパク分解酵素「セリンプロテアーゼ」の一種であるTMPRSS2と手を取り合うような形でヒトの細胞内に侵入することで人体に感染し、体内でウイルスが増殖することで発症する。

 感染を防ぐには、タンパク分解酵素の作用を抑制すればいい。昨年3月、生物医学専門誌『cell』のサイトで公表された論文では、タンパク分解酵素の阻害剤である「カモスタットメシル酸塩(以下、カモスタット)」にその効果があると触れられていた。

 このカモスタットは、1985年に小野薬品工業が慢性膵炎(すいえん)などの治療薬として発売したもので、現在はジェネリック医薬品として各社で製造されており、その間の使用実績から、他の薬剤との併用でも特段の問題は生じていない。ワクチンなど新薬と比べて桁違いに安価であり、大量に供給可能という利点もある。

 免疫の暴走であるサイトカインストームが起きると、微小血栓が血管内に生じ、脳や心臓で命に関わる症状を引き起こす。カモスタットはこの事態を防いでくれる点でも期待が持たれている。