海城教育研究所
中田大成 所長

研究所はなぜ誕生したのか?
研究所が取り組む三つの課題

 かつての海城は、極端な言い方をすると、東京大学をはじめとする難関大学への進学を第一義とし、いかに効率よく大学受験に打ち勝つかという教育を行っていた。その結果、毎年30〜40人を東大に送り出す進学校になったものの、1990年代初頭、東大生サークルによる大学祭企画の調査で、海城出身者の留年率が非常に高いという指摘を受けてしまった。

「それが創立100周年の節目に当たる1991年前後のことだったのです。これを機に学校設立時の志に立ち返り、社会に出て活躍できる人材を育成するための改革を行おうということになりました」と中田大成所長。

 92年を改革元年と位置付け、先ずは社会科が総合学習による課題解決型授業を取り入れた。その後、2000年代には体験学習「プロジェクトアドベンチャー(PA)」と、演劇の手法を取り入れたプログラム「ドラマエデュケーション(DE)」を導入。10年代には本格的な帰国生入試を開始するなどグローバル教育の強化やI C T環境整備といった、教育の世界的潮流に合わせた改革を続けてきた。

「これを支えてきたのは教員たちの熱意でしたが、教員というのは日常業務だけでも非常に多忙です。改革のための委員会をつくっても、なかなか全員で集まることもできません。中長期的な視点で学園の発展を考えるためには、現場を離れ、調査や研究に専念する役職を置く組織が必要だということになり、海城教育研究所が誕生したのです」と中田所長は解説する。

現在の校舎外観。左の建物が2021年に理科教育の拠点として新築されたScience Center (新理科館)。学び・交流・発信を融合する施設だ

 同研究所の当面の取り組み課題としては、①「テクノロジーとの共存」、②「教育方法(論)のアップデート」、③「スクール・アイデンティティーの明確化」の三つが挙げられている。

 ①「テクノロジーとの共存」ということには、著しく進歩していく科学技術を活用するリテラシーを身に付けることと、技術進歩に伴う社会変化を予想し、次なるビジョンを構築するという二つの次元がある。

「生成AIなどは、うまく利用すれば、圧倒的に作業の省力化をすることができます。成績評価の表(ルーブリック)なども一瞬にして出来上がり、教員の業務が非常に楽になります。授業においても、『唐詩の場面を絵にしてみなさい』という課題を出すと、絵が苦手な生徒は思うようには描けませんが、生成AIを使えば、誰でも画像にすることができます。ここではどう指示を出し、自分のイメージに合わせて修正するかという能力が問われます。そして面白いのは、40人の生徒に同じ課題を出しても、全て違う絵ができてくることです」

 ただ、現在のAIは、あくまでも人間の能力を拡張するツールにすぎない。

「しかし、今後Web3やメタバースの技術進歩で、テクノロジーによって社会構造そのものが変化していく可能性があります。生徒も教員も、最新技術を使いこなすリテラシーと、成果物を的確に評価する目利き的な能力を身に付けることが非常に重要になっていきますが、それとは別に学校には未来の大きな変化(パラダイム・チェンジ)に備える構えが必要となります」