②「教育方法(論)のアップデート」というのは、これまで海城が開発してきた「新しい人間力」の育成方法(手法)などを社会の変化に合わせて更新していくということだ。

「かつて日本は、互いに以心伝心で分かり合える社会でした。黙っていても伝わるので能率は良かった。しかし、グローバル化の中で価値観が多様化する現在、お互いに違う者同士が対話的コミュニケーションを取り、いいところを引き出し合うことによって、より良いものを生み出していかなければなりません。

 演劇の専門家たちと共に作ってきたこれまでのDEのプログラムは、主としてこうした能力を育むことを目的としていました。

思いもかけない登場人物が現れるなど、想像力と臨機応変な対応力が試されるドラマエデュケーションの授業風景

 そして、これまでの授業でも台本のない即興劇的な練習を通して、想定外の出来事が起きたとき、どう臨機応変に対応するかといった能力も養ってきました。

 これからの変化が激しく、見通しが利かないVUCAの時代にあっては、こうした即興力が今まで以上に必要とされていくでしょう。これまで実施してきたプログラムを例えばこうした方向で更新することなどが研究所の二つ目の課題になります」

 DEだけでなく、教育方法や教育論を時代に即して見直していくのだという。

スクール・アイデンティティーの周知を目指す

 今まで取り組んできた数々の教育改革については、学園内外で高く評価されてきた。しかし、2年後に創立135年を迎える海城の伝統についてはあまり意識されていなかったという。

「これまで積極的に生徒に教えてこなかったこともあり、海城の歴史について無関心な生徒、保護者が多いのが現実です。古賀喜博理事長は、テクノロジーの進化により、将来今ある学校の形や存在自体が希薄化する時代が来るかもしれないと予想しています。そういう時代だからこそ、そもそもの学校の成り立ちを知り、スクール・アイデンティティーを再認識する必要があると考えているのです」

 海城の歴史は、1891年、海軍兵学校の教官であった古賀喜三郎によって設立された海軍予備校に始まる。当時、日本最難関といわれた海軍兵学校を目指す若者のための学校として始まった経緯もあり、終戦後は存続の危機にも直面した。

「現理事長の曽祖父に当たる古賀喜三郎は、20歳のとき英国軍艦に上船し、技術伝習を受ける機会を得ました。その際に目の当たりにした海軍士官たちの紳士的な振る舞いやその佇まい、そして技術指導の在り方に感銘を受け、将来自分も海軍のような組織に身を置きたい、いずれは教育にも携わりたいと考えました。そして、その後その二つの願いを見事にかなえたのでした。戦後は軍国主義教育への反省からリベラリズムの立場を取り、なおかつ他者の自由の権利も相互に承認することのできるフェアな精神を持った『新しい紳士』の育成を目指してきました。伝統を受け継ぎつつ新しいものを取り入れるという不易流行という言葉がありますが、この不易の部分を生徒たちに共有していくことも、海城教育研究所のミッションの一つなのです」

現在の校章は、生徒一人一人の自己実現のために、教職員全員が支援をしようという強い思いを込めて、戦後制定された

 戦前の校章は錨(いかり)にNS(Navy School)のイニシャルがあしらわれていたため、使い続けることができなかった。戦後、美術教員として着任した画家の利根山光人により、現在の校章がデザインされた。単純に海城学園(Kaijo School)を意味するK Sのロゴのように見えるが、大海原の上を帆を立てて進む船=生徒たちを、柔らかな海風=教職員が押し進める様子を表している。

「校章一つにも生徒への強い思いが表れていることを知ってほしいと思っています」と中田所長は言う。

 海城の教育は、これからもリベラルでフェア、そして社会の変化に柔軟に対応できる人材の育成を目指していく。

●問い合わせ先
海城中学高等学校
〒169-0072 東京都新宿区大久保3-6-1
TEL:03-3209-5880
URL:https://www.kaijo.ed.jp/