
――目標を立て、達成を宣言する。これは受験にも取り入れやすいですね。
中室 そうですね。さらに大切なのが、勉強を「習慣化」することです。何事も習慣を形成するには、初期の抵抗感(心理的ハードル)を和らげ、取り掛かるきっかけをつくることが重要です。
ある実験では被験者を(1)1週間以内に大学内のジムに1回以上行けば25ドルがもらえるグループ(2)1週間以内に1回以上行けば25ドル、さらに4週間以内に計8回以上行けば、追加で100ドルがもらえるグループ(3)何のインセンティブもないグループに分けてジムに行く回数を測定しました。(2)のグループが突出してジムに行く回数が多かったことは特筆に値しませんが、興味深いのはこのグループが実験をとっくに終えた13週目以降もジムに通い続けたことです。
――金銭が取り掛かるきっかけになり得たということですね。
中室 そうともいえますが、より重要なのはきっかけを得た後に「繰り返す」こと。これが習慣形成につながります。お金で釣ることが必ずしもいいことではないので注意が必要です。
――それはなぜでしょう?

中室 これはスポーツジムの実験でも見られた傾向なのですが、そもそも元から定期的にジム通いをしていた人は、実験期終了後にはむしろジムへ行く回数が減ってしまうことがあるのです。もともとジムに通っていた人は内的インセンティブ(動機)が高かったのにもかかわらず、金銭という外的インセンティブが導入されたことで、内的インセンティブを失ってしまったためです。“お金で釣る”のは、あくまで習慣のない人を対象にすべきでしょう。
今後の人口減少時代に教育の現場に求められるもの
――ここまでのお話で、エビデンスに基づいた確かな手法を知ることの重要性がよく理解できました。
中室 ただ、教育に関する研究に携わる中で気になるのは、子どもの教育について「やらないよりやった方がいい」という考え方が多く見られること。しかし、私たちは何をするにしても「機会費用」を支払っていることを忘れてはいけません。機会費用とは、何かをする代わりに別の何かができなかった架空の損失のことで、あのスティーブ・ジョブズも「最も重要な決定は、何をするかではなく、何をしないかを決めることだ」と言っています。