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ニッポン 食の遺餐探訪

「究極のビール」は肥料すら使わない自然栽培が生んだ

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第46回】 2016年9月7日
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フルーティーなヴァイツェンビール。ビールは数種類醸造している。どれも農家にしかつくれないビールだ

 農業への就業人口が200万人を割った、という農林水産省の発表。これを受けて、東京新聞では『農業人口200万人割れ 16年、農水省調査 若者伸び悩み』(2016年7月31日 朝刊)という見出しで「農業の担い手減少に歯止めがかからない」「農業の生産基盤の維持に向け、経営の安定化に向けた政府の対策が問われそうだ」という風に報じている。

 この数字から読みとれることはなんだろうか。農業就業人口という数字には現在、増加している農業法人の社員数や外国人実習生はカウントされない。そもそも農業従事者の平均年齢を考えれば退場者が増えていくのは当然の流れで、それは今にはじまったことではないし、お米は慢性的に余っており、葉物野菜などは供給過剰気味だ。そうしたことを一つ一つ考えていくと、この数字から読みとれるのは若者の伸び悩みなどではなく、農業の形態が変化しているということだ。

 現在、転換期を迎えている農業には2つの方向性がありうる。1つは私たちに身近で一般的な野菜を出荷する優良な農業法人。もう1つはエッジの利いた高付加価値の野菜を生産する小規模農家という形態だ。今回は後者のヒントを求めて、茨城県鹿嶋市にある農園『鹿嶋パラダイス』を訪ね、代表の唐澤秀さんからお話を伺った。『鹿嶋パラダイス』では農産物を出荷するだけではなく、クラフトビールを飲めるレストランなども展開していて、このクラフトビールがまた絶品なのだ。

「農業に憧れはなかった」のに
なぜ農業の道へと進んだのか

東京駅から高速バスに揺られること2時間、鹿島神宮前で下車し、数分歩くと「Paradise BEER factory」はある

 鹿島神宮の参道にある「Paradise Beer Factory」。古い民家をセルフビルドで改装したという店舗は、鹿嶋にこんな洒落た店があるのか、という印象だ。

 唐澤さんが農園をはじめた理由は少し変わっていた。

 「そもそも自分で農園をやるつもりも、農的な暮らしへの憧れも全然ありませんでしたから。自分はただおいしいものが食べたかっただけなんです」

 生まれは浜松、父親は会社員で代々の農家の生まれというわけではない。山あいにある祖父の家には自家消費するくらいの小さな茶畑があって、子どもの頃、茶摘みを手伝った思い出があるくらい。ただ昔から、食べることは好きだった。

 唐澤さんは中学生の時、レスター・R・ブラウンの本に衝撃を受ける。だれが中国を養うのか。レスターは20年前にそう問いかけていた。発展途上国だった中国が食糧輸入大国になれば、食糧危機の時代がやってくる。そう予測されていた。

 それを知った唐澤少年は思った。

 (自分が食べられなくなるのは困るな)

 それは世界を救わなければ、というような使命感ではなかった。ただ、素直にそう思った彼は大学の農学部に進学する。将来の職業として、農業コンサルタントになるのが一番いいのではないか、と思った。となるとまずは現場を知らなければ仕方がない。そこで新規就農フェアでもらった企業案内を頼りに農業生産法人に入社した。

 「まずは実地勉強、と自分で手をあげて、高原にある農家さんに出向したんです。最初の仕事がレタスの収穫だったんですけど、作業の開始時刻が朝の2時ですよ。2時って夜じゃねえの? みたいな(笑)。でも〈朝どりレタス〉は朝の5時までに出荷しなくてはいけない。それが終わったら今度は白菜の出荷です。そして、レタスの定植、白菜の定植、あとは防除作業。結局、1日18時間くらい働いて、半年休みがなかったんです」

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

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