世の中になかなかおいしいものが広まらない。そんなフラストレーションが溜まるなか、たまたま訪れた埼玉県のある自然栽培農家で小松菜を食べた時、人生が変わった。

「何気なく食べたんですけど、一口目はあまり味を感じないんです。だけど二口目、三口目と進んでいくうちに香りが口いっぱいに広がり爽やかに鼻に抜けて…。そして喉をすーっと何の抵抗もなく入っていく。そして体中のDNAが震えるのを感じたんです(笑)。え、マジで。これ、小松菜? みたいな。全身の細胞がおいしいっていう感じで」

「おいしいものが食べたい」
“思いの一貫性”で自然栽培を開始

田んぼに直に種を蒔き、手で除草し、農薬や肥料を使わず、天日で乾燥させる伝統的な手法で育てられる米

「それまでの僕は〈品種を選べば、おいしい野菜はできる〉って思っていたんです。でも、畑の土壌分析をして、足りない肥料分を投与するような管理を2000枚くらいの畑でやりましたけど、肥料で良くなる畑って実際なかったんですよ。微生物がどれだけ住んでいるか、雨がどれだけ降るかなどで、土壌の性質は全く異なります。条件が固定できない自然界でどの野菜がどんな時にどんな種類、量の肥料分を必要とするかなんか、わかるはずないじゃないですか」

 自然栽培という農法に正確な定義はないのだが、「農薬や化学肥料を使わない」ところは有機農業と一緒で、遠方から栄養分を持ち込まないところに特徴がある。具体的には雑草をすき込んで肥料代わりにしたりすることで、有機肥料や堆肥を使わない。

 一概には言えないものの、自然栽培は必要最低限の栄養分で野菜を育てるいわばスパルタ方式だ。一般的に「無肥料」と紹介されるような状態だ。そうした営みのなかで土壌の生態系や微生物を豊かにしていき、それぞれの土地にあった農作物を育てていく。

「今は肥料や農薬の煩わしさから開放されて、自然に委ねられる感覚がとても心地いい」

 と唐澤さんは言う。

野菜はスパルタで育てることで美味しくなるが、行き過ぎると収量が低くなるというジレンマがある

 問題はあまりにスパルタが過ぎると、野菜が栄養不足に陥り、収量が低くなることだ。トマトが典型的な例で、収量とおいしさは反比例する関係性にあるのだ。ある意味、それを両立させることは農業の永遠のジレンマとも言える。

 収量も少なく、リスクも高い自然栽培など、引き受けてくれる農家はそういない。そこで唐澤さんは農家にはなりたくなかったが、もう自分でやるしかなかった。

「おいしいものを知ってしまった以上、他の選択肢はなかったから」

 そんな風にして彼は農業法人を辞め、2008年5月に農園「鹿嶋パラダイス」を立ち上げた。

「例えばイベリコ豚は最終工程でドングリを食べさせますよね。すると脂からナッツの香りがしてきます。イタリアのパルマのプロシュートでは豚に乳漿を食べさせるので、脂からミルクの香りがします。自然栽培では、生物が食べたものが味をつくるんです。植物もまったく同じだと思います。有機肥料や堆肥を与えた野菜の味が濃くて甘くても、それは肥料や堆肥の味であって、植物本来のものではない。自然栽培はDNAにプログラミングされた味がそのままに近い形で出る。自然栽培のにんにくは香りや味は強いですが、臭いが食後に残ることはありませんよ」