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ニッポン 食の遺餐探訪

なぜ小豆島のオリーブオイルが世界で高評価なのか

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第47回】 2016年10月5日
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せとうちビオファームのオリーブオイル

 細かな皺を寄せた青い布のように穏やかな瀬戸内海。そのちょうど真ん中の位置にある小豆島は「オリーブの島」として知られる。

 小豆島のオリーブには100年以上の歴史がある。この地にはじめてオリーブが持ち込まれたのは1908年のこと。それから小豆島は〈日本オリーブの聖地〉となった。大正時代にはすでに圧搾できるだけのオリーブの実が収穫できるようになったという。当初は圧搾の機械もなく、醤油もろみを絞る麻布を工夫していた、という話も残っている。

 ここ数年、小豆島産のオリーブオイルが注目されているわけは、たんに国産というだけではない。小型の搾油機の導入や品質管理の徹底によって、質がめざましく向上したからだ。例えばヤマサン醤油のオーガニックオリーブオイルの品質は高い評価を受けている。日本ではじめて生産と加工の両方でオーガニック認証を獲得した生産現場を訪ねた。

元商社マンがつくる
100g6000円の「有機オリーブオイル」

ヤマサン醤油は小豆島でもっとも古い醤油蔵である

 趣のあるヤマサン醤油の一角で「せとうちビオファーム」の佐藤潤さんからお話を伺う。これまではヤマサン醤油のオリーブオイル事業部という位置づけだったが、2015年4月からせとうちビオファームとして事業をはじめたばかり。

 「分社化したのは『醤油蔵が副業でオリーブオイルも作っているんでしょう?』と思われるのが嫌だったんです。それだと俺たちの本気が伝わらないか、と」

 まっすぐ前を見据え、熱っぽい口調で語る佐藤さんは小豆島の出身ではない移住組。前職は総合商社の分析機器の営業で、醤油ともオリーブオイルとも無関係だった。

 「固定観念がまったくなかったので、どうせやるのであれば飛び抜けたものをつくりたかった。周りが不可能と言っているのであれば『俺がやってやる」って」

 実はオリーブのオーガニック栽培は日本では“不可能”とされていた。そもそも小豆島の気候とて、本来は地中海で育つオリーブに適しているわけではない。オリーブは春に花を咲かせ、夏の終わりの9月から10月に実を収穫する作物だ。このあいだ雨が降らない地中海に対し、日本はまったくの逆。オリーブの木は台風にも弱く、日本特有の湿気は病気の原因となる。さらに東アジアにしか生息しないオリーブアナアキゾウムシにも悩まされる。

 「醤油づくりは昔から人がつくるものではないと言われていますよね。人はその手助けをすることしかできない、と。オリーブも同じです」

 畑の一つを案内していただく。オリーブは湿気に弱いため風通しいい、日当たりのいい場所を好む。9月とは言え畑にいると太陽の光で目眩がしてくるほどだ。

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

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