――「負け慣れ」ですか?

村上 はい。卓球はほかのスポーツに比べて「負け慣れ」しているほうだと思います。トーナメントにシングルスで出場しますよね。すると100人出場していたら、優勝するのは1人だけですから、99人は必ず負ける。これの繰り返しですよね。

 卓球は、ほかの単身競技に比べて、大会出場機会が段違いに多い。だから負ける回数も多い。ほとんどの大会で、負けて帰ってきます。つまり「負けるときはこういうものだ」というのをみんな知っているわけです。「負けを出発点にして次に向かう」という習慣が、卓球競技の中で醸成されているんです。負けて終わりではない。3位決定戦があるなら、そこに向けて最善を尽くす。みんなその意識でいるんです。

 だから、準決勝の翌日には、ドイツ戦の「ド」の字も出ないですね。「昨日」という単語も、一回も言わなかったと思います。次に勝つことだけを考える。翌日の練習のときに僕が言ったのはひとつだけ。「明日負けたら、4年間後悔する。絶対に勝とう」。それだけですね。

――では、3位決定戦であるシンガポール戦の戦略とは?

村上 シンプルですよ。石川がシングルで2つ取って、福原と伊藤美誠のダブルスで勝つ。これで3勝するという戦略です。彼女たちにも、それを明示しました。

 おそらく、伊藤はドイツ戦の敗因は、自分が第1試合を落としたことだと考えているでしょう。福原は福原で、自分の責任を痛感していたはずです。あのような負け方をしたんですからね。それだけに、シングルでの戦い方を修正しようとか、そんなことは一切考えてほしくなかった。シングルのことはもう忘れさせたい。

 だから、「最も重要なのはダブルスだ。シングルは石川が2試合とってくれる。だからダブルスをとれば勝てるんだ」と伝えて、福原と伊藤には、ずっとダブルスの練習をさせました。

――しかし、「シングルは石川選手が2試合とってくれる」と言うと、石川選手にとってはプレッシャーでは?

村上 いや、石川自身もその気持ちでいましたよ。翌日の練習前に僕のところに来て、「私をフェン・ティアンウェイに当ててください。相手のエースに勝てば、チームが勝つチャンスがある」と訴えてきましたからね。

――なるほど。監督が選手のメンタル面をケアするのではなく、それぞれの役割を明確に示すことで、気持ちを見事に切り替えていった。それが、3位決定戦での快勝につながったというわけですね。

村上 そうですね。卓球は技術、身体能力も重要ですが、精神面の強さが特に求められる競技です。彼女たちの、気持ちの切り替えは素晴らしかったですね。

 ドイツ戦の翌日、福原が面白いことを言っていた。「金も銀も銅も一緒。メダルなんて何色でも一緒だ」と。銅メダルをとった後のインタビューでは「銅という字は金と同じと書く」とか、かっこいいこと言ってましたけど、舞台裏では最初、もっとぶっきらぼうな言い方だったんです(笑)。「メダルなんてなんでも一緒だよ」と。乱暴な言い方だけど、その明るさに救われましたね。

 石川も、翌日には明るかった。「(ドイツ戦に敗れて)吹っ切れました。ここで次も負けたら日本帰れませんよ」と。これも頼もしかったですね。伊藤は、勝っても負けても明るいから、いつもと変わらなかった(笑)。まったくあの子は、何を考えているのかわからない(笑)。彼女の精神力は底知れないですね。

チームワークとは「戦略」と「役割」を徹底させること

――卓球は「個人戦」と「団体戦」があって、個人戦ではライバル同士の選手が、団体戦では力を合わせて戦うわけですよね。マネジメントが難しいと思うのですが、いかがですか?

村上 これはもう、卓球を始めたら宿命ですよね。五輪に限らず、いろいろな大会で、個人戦と団体戦がありますから。たとえば国内の大会では、チームメイトが8人、同じ大会に出るというのはよくあることです。その中から優勝するとしたら1人ですよね。でもその後、団体戦になったら協力します。卓球選手として当たり前です。言われてみれば確かに不思議なスポーツですが、卓球選手にしてみればいつものことです。

――普通のビジネスパーソンも似たようなものかもしれません。個人成績も求められるし、部署単位での成果も求められる。どんなに個人成績がよくてもチームを壊すような人がいると、マネジメントは難しいですよね?

村上 なるほど、そうかもしれませんね。でも、僕だったら、チームとしての、より高い目標を設定しますね。あるいは、強大な仮想敵を示す。

 たとえば超大手企業がどーんと参入してきて、「おお、ウチ、このままでは潰れるかもしれないぞ」となったときに、それは困るからとみんな知恵を出し合って協力しますよね。