先ごろ閉幕したリオデジャネイロオリンピック、パラリンピックにおける日本選手の活躍を見て「我が子もこんなふうに育てたい!」と思った人も多いのではないか。しかし、スポーツに限らず、子どもに眠る「秘めた才能」を見抜くのはなかなか難しい。では、我が子の才能を見つけ、伸ばした親はどのような方法を取ったのだろうか。ピアニスト辻井伸行さんの才能を幼い頃に見出し、二人三脚で世界的ピアニストに育て上げた母・辻井いつこさんに、その秘訣を3回シリーズで聞く。(「辻」は一点しんにょう、以下同)
「適応」させるのではなく、この子らしく育てる
ピアニスト・辻井伸行の母、辻井いつ子です。今回のテーマは、「我が子の才能をどう見抜くか」だとお聞きしました。最初に断っておきたいのですが、私は伸行がまだ子どもだった頃、プロのピアニストにしようだなんて大それたことは少しも考えていませんでした。
私自身が音楽に関して素人でしたし、どこをどう見たら音楽の才能が分かるのか、見抜く術を持っていたわけではありません。それでも、結果的に息子の伸行がプロのピアニストになって、世界中のお客様の前で演奏できるようになれたのは、小さな頃から「この子がこの子らしく生きるにはどうしたらいいのだろう」と考え、その通りの子育てを実践してきたその先に、道が拓けてきたということなのかもしれません。
伸行は生まれつき目が見えません。我が子が視覚障害者である、という現実に直面した時に、多くの親御さんは、どうしても我が子を晴眼者の世界に「適応」させようとします。そのお気持ちはよく分かります。けれども、私はそうしませんでした。
もちろんサポートは必要なのですが、私は障害者だからあれができない、これができないというのではなく、この世界には素晴らしい物がいっぱいあるし、それを目が見えなくても伸行なりに感じて豊かな人生を送れるよう育てたつもりです。そのことに気づかせてくれたのが、福澤美和さんという一人の女性との出会いでした。
まだ伸行が生まれて間もないある日、書店で福澤さんの著作『フロックスはわたしの目』という本を手にして、目に障害を持ちながらも、盲導犬フロックスと一緒に生き生きと日々を過ごしている姿に感動しました。
当時は、盲目である我が子を、どう育てたらよいのか悩んでいた頃でした。子育てのヒントが欲しくて、藁にもすがる思いで「ぜひ、一度お会いしたい」という趣旨のメッセージを吹き込んだカセットテープを福澤さんにお送りしたところ、自宅がある箱根に誘ってくださったのです。
実際にお会いした彼女は、毅然として、それでいて親しみやすく、素敵な女性でした。レストランで食事をするときも、ごく自然にウェイターさんに「私は目が見えませんので、お肉を食べやすいように切ってください」とおっしゃいます。
その言動に、目が見えないことへの悲壮感は一切ありませんでした。