テクノロジーがもたらす「力」とは
少し前の話だが、2012年にアメリカでこんな「事件」があった。
ある女子高校生の家に、彼女宛てでベビー服のダイレクトメールが送られてきた。それを受け取った父親が「高校生の娘に妊娠を勧める気か!?」とかんかんに怒ってスーパーに抗議をした。そのスーパーでは、顧客の購入履歴をコンピュータで分析していた。彼女の最近の購入品目を解析した結果、過去の妊婦の購入パターンと一致した。その結果、妊婦向けのダイレクトメールを自動的に発送したということだ。
不審に思った父親が娘と話をしてみると、彼女が本当に妊娠していたことが発覚。一緒に暮らしている父親よりも、スーパーのコンピュータの方が娘のことをよく「理解」していたというオチだ。
一方、つい最近、東京大学医科学研究所による驚くべき「成果」が発表された。膨大な医学論文を学習した人工知能(AI)が、白血病患者を「診断」し、医師に適切な治療法を助言して回復に貢献したという成果だ。AIは、通常の治療法では回復できなかった白血病患者が実は特殊なタイプの白血病であることを、わずか10分で見破ったのだ。
最初のスーパーの話は、どことなく気味がわるい。しかしその次の東大による成果は、AIを活用した医療の発展を予感させる明るい話題といえる。
ケビン・ケリー著 服部桂訳
NHK出版
416p 2000円(税別
この2つはいずれも、好むと好まざるとにかかわらず、過去30年のインターネットを中心としたデジタルテクノロジーの進化がもたらした新たな動向だ。この先には、いったいどんな未来が待っているのだろう。
本書の著者のケビン・ケリー氏は、1984年から90年までスチュアート・ブラント氏とともに、今では伝説の雑誌と言われるホール・アース・カタログやホール・アース・レビューの発行編集を行い、93年に雑誌WIREDを創刊。99年まで編集長を務めた。現在はニューヨーク・タイムズ、エコノミスト、サイエンス、タイム、WSJなどで執筆するほか、WIRED誌の〈Senior Maverick〉も努め、サイバーカルチャーの論客として活躍している。
本書の原題は“Inevitable”。日本語に訳すと「不可避」だ。ケリー氏はテクノロジーの背後には、テクノロジー全体を規定する集合的な「力」が存在するという。そして、その「力」によって新しい何かに向かう「不可避」な流れが生じると説く。