ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
佐高 信の「一人一話」

文化勲章を受ける作曲家、船村徹の異色の弟子

佐高 信 [評論家]
【第58回】 2016年11月7日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

 今度、文化勲章を受ける作曲家の船村徹の東京での常宿は、九段下のグランドパレスである。その中の寿司屋で私は何度かごちそうになったが、今回は、あまり知られていない船村のユニークな弟子の話をしたい。

 それはフランスのシャンソン歌手、ジョルジュ・ムスタキである。ムスタキはボブ・ディランのようなメッセージ・ソングの歌い手としても知られる。

ビートルズのオーディション

 あるとき船村は日本を離れる必要があってヨーロッパに渡り、デンマークのコペンハーゲンに滞在した。船村の作った演歌風に言えば、コペンハーゲンに草鞋(わらじ)をぬいだのである。

 船村のヨーロッパ生活は2年に及んだが、レコード会社のEMIに招かれてロンドンに行った時、オーディションに3、4組のグループが来ていた。終わってからEMIの人に、「どれか気に入ったグループはいましたか」と聞かれたが、ピンとくるグループはなかった。ただ、ひときわ薄汚い格好をしたグループがいて気になった。それがのちの「ザ・ビートルズ」だという。

 コペンハーゲンを拠点にヨーロッパを点々とし、しばらくパリに滞在していたら、パテ・マルコニーが船村に新人教育を頼んできた。イタリア人とギリシャ人の男性で、イタリア人の方はモノにならなかったが、ギリシャ人の方は貧しい生活を送りながらも音楽に真摯に取り組み、好感がもてた。船村より2歳下のその男が、船村を“東洋の師匠”と呼ぶエジプト・アレキサンドリア生まれのムスタキである。

 ムスタキに船村は美空ひばりの「哀愁波止場」と「三味線マドロス」を歌わせる。歌詞はフランス語で、タイトルも「哀愁」は「私の影とただひとり」に、「三味線」は「海から帰ってきた人」に変えた。パリのスタジオでそれをレコーディングし、日本に送ったが、残念ながら売れなかった。

 ムスタキが反戦と恋を歌うシンガー・ソングライターとして、一躍、注目されるようになるのは、それから7、8年後である。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

佐高 信 [評論家]

さたか・まこと 1945年山形県酒田市生まれ。評論家、『週刊金曜日』編集委員。高校教師、経済雑誌の編集者を経て評論家に。「社畜」という言葉で日本の企業社会の病理を露わにし、会社・経営者批評で一つの分野を築く。経済評論にとどまらず、憲法、教育など現代日本のについて辛口の評論活動を続ける。著書に『保守の知恵』(岸井成格さんとの共著、毎日新聞社)、『飲水思源 メディアの仕掛人、徳間康快』(金曜日)など。


佐高 信の「一人一話」

歴史は人によってつくられる。ときに説明しがたい人間模様、ふとした人の心の機微が歴史を変える。経済、政治、法律、教育、文化と幅広い分野にわたって、評論活動を続けてきた佐高 信氏が、その交遊録から、歴史を彩った人々の知られざる一面に光をあてる。

「佐高 信の「一人一話」」

⇒バックナンバー一覧