ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

生涯の友・千宗興との出会い

北 康利 [作家]
【第34回】 2016年11月30日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

刎頸の交わり

 昭和27年(1952年)、幸一にとって忘れられない出来事があった。彼の人生にとってこれ以上ない財産となった、茶道裏千家の若宗匠千宗興(後に宗室を襲名し、現在は玄室)との出会いである。

 それはこの年の秋、千が約2年間の渡米とハワイ大学での修学を終え、帰国して間もなくのことであった。

 仲介の労を執ってくれたのは昭和産業の松本という人だ。

 「塚本幸一という男が、どうしても千さんに会いたいと言ってるんやけど、会うてやってくれへんやろか」

 話を聞くと女性の下着を扱っている会社の社長だという。普通なら少し警戒してもいいところだが、千も若く、何でも吸収してやろうという年代だったこともあって、

 「わかりました。会いましょう」

 とふたつ返事で快諾した。

 (いやあ、何や、お互い似てるなあ……)

 というのが、幸一と会ったときの千の第一印象だったという。

千玄室(左)と塚本幸一(1964年頃)

 そしてふたりはたちまち兄弟のような関係となった。

 筆者がインタビューした際、千が“刎頸の交わり”という表現を使ったのが印象に残った。中国の戦国時代の趙を支えた重臣・藺相如と勇将・廉頗の友情物語からきた言葉で、互いに首を刎ねられても後悔しない関係という意味だ。それは決して大げさなものではなかったのだ。

 千もまた、戦後を“生かされた”と思っている者のひとりだった

 ここで幸一の生涯の友であり、彼の葬儀では葬儀委員長にもなった裏千家15代前家元・鵬雲斎千玄室について、少し詳しく触れておきたい。

 千は幸一より3歳年下である。本名は千政興。裏千家14代家元・淡々斎の長男として生まれ、将来の後継者として厳格に育てられた。代々大徳寺で禅の修行をするのもこの家の伝統である。

 そうは言っても生身の人間、幼い頃はそこらの子供同様いたずらもした。

 そんな時、小学校の先生は、

 「お前は日本で一番礼儀正しい家のこどもやないんか」

 と言って説教したという。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

北 康利 [作家]

きた・やすとし/昭和35年12月24日愛知県名古屋市生まれ、東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。資産証券化の専門家として富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長等を歴任。平成20年6月末でみずほ証券退職。本格的に作家活動に入る。“100年経営の会”顧問。松下政経塾講師。著書に『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』、『吉田茂ポピュリズムに背を向けて』(以上、講談社)、『陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝』(新潮社)、『西郷隆盛命もいらず、名もいらず』(WAC)、『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』(PHP研究所)などがある。最新刊は『佐治敬三と開高健最強のふたり』(講談社)。


ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

ブラジャー。この華やかな商品に一生を捧げた男がいた。戦後京都を代表するベンチャー企業「ワコール」を創業した塚本幸一である。インパール作戦の生き残りという壮絶な戦争体験を持つ彼は、いかにして女性用下着に出会い、その未開市場を開拓していったのか。ベンチャースピリット溢れるその豪快華麗な生涯を、いま最も注目される評伝作家・北康利が描きだす!

「ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一」

⇒バックナンバー一覧