三浦九段は、疑いなくトップ棋士の一人だが、三浦九段にかけられた嫌疑について検討した人々は現役の棋士であり、三浦九段が出場停止なり引退なりの事態に至ると利益を得る可能性がある人たちだった。

 なお、三浦九段の不正を疑って、彼の告発に関わった棋士たちを責める必要はないと筆者は考えている。ライバルの不正を疑ったり、マナーに文句を言ったりすることは、他の競技でもあり得る。問題は、告発を受けた日本将棋連盟がこれを的確に処理できなかったことにのみある。

現役棋士が競技運営に関わるのは
他のスポーツでは異例

 スポーツと同様に、将棋も競技が公正であると見えることが、競技の商品価値を維持する上で極めて大切だ。

 スポーツの世界で、ドーピング検査を別の現役選手が行ったり、競技上の判定を別の現役選手が行ったりするのでは、選手もファンも納得しないだろう。

 将棋といくらか似た運営で、八百長疑惑が起こったこともある大相撲ですら、勝負審判は引退した力士が行っているし(本当はテニスの「チャレンジ」のような仕組みを作るべきだろう)、協会の運営も引退した親方によって行われている。

 将棋の場合、手の解説などで新聞社にとって便利なのだろうし、立ち会いを務める棋士にとっても勉強と同時に収入にもなるのだろうが、タイトル戦の立会人を現役棋士が務めているのを見ると、本格的なトラブルがあったらどうするつもりなのだろうかと、いつもはらはらする。

 もちろん、競技そのものの運営も第三者から見ても公正性が納得できるような改善が必要だろう。今後、スマホ等の機器をチェックする金属探知機の導入や対局中の離席に関するルール強化が行われることになろうが、監視カメラや監視員・審判員が必要かもしれないし、対局中の棋士の行動範囲を厳しく制約することが必要かもしれない。外界からの遮断が保証されているが、棋士が気分転換もできるような対局場の新設も必要かもしれない(なお、ビジネスの拡大を目指すなら、日本将棋連盟のビルは既に手狭であると感じる)。

 今まで、比較的自由に行動してきた棋士たちにとって、各種の制約は窮屈かもしれないが、いざというときに自らの潔白の証明と、「対局」という商品の品質保証のために必要なのだから、厳しいルールへの適応を目指すべきだろう。