資本コストをめぐる未来予測のシナリオ2は、「超低金利が定着する未来」である。世界的に日本のような、政府支出の増加と脆弱な経済成長に悩む国が増えることにより、超低金利を定常化することが許容されるかもしれないという。世界一のコンサルティング・ファーム、マッキンゼー・アンド・カンパニーの経営および世界経済の研究所所属メンバーが発表する刺激的な超長期トレンド予測が詰まった書籍『マッキンゼーが予測する未来――近未来のビジネスは、4つの力に支配されている』のさまざまな分析テーマを抜粋して掲載する。今回は長期金利、資本コストを論じる第7章の第3回。

金利を押し下げる
システムが確立される

 金利の上昇を期待するシナリオには、それに反対し、挑む説が存在する。近年、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)を筆頭に、世界のいくつもの中央銀行が金利を下げ、これまでは存在しなかったマイナス金利の領域に移行することも厭わず、紙幣を増刷し、通貨流通量を増やしてきている。

 金融の超緩和政策は、近年の不況、世界中に影響を及ぼした金融危機、それに緩慢な景気回復が一時的なものと思えないことから実施されてきた。リーマンショックと呼ばれる金融危機の初めから、アメリカ、イギリス、ユーロ圏諸国、および日本は、合計5兆ドルを超える流動性をそれぞれの国の経済に注入してきた。

 こうした行動によって、破滅的なシナリオが現実に展開することが防がれたのは疑いもないが、この金融政策はまた、金利水準をこれまで試されたことのない領域にまで押し下げた。そして、金利がこうした低水準にかくも長い期間引き止められたために、抜け出すのが困難な新しい慣習が生まれてしまった。つまり、地球上の各国政府には、景気刺激策を赤字財政覚悟で実施し、その赤字を低金利に依存して膨らませていく癖がついてしまった。たとえば、世界中の国の財政赤字の合計額は、2009年に4兆ドル近くとなってピークに達した。

 とはいえ、低金利には支払い金利コストに歯止めをかける効果があった。たとえば、2008会計年度と2012会計年度の間に、アメリカ政府の純金利負担額は2530億ドルから2200億ドルに低下したが、これは13%の低下であり、一方、連邦総債務残高が67%増加したにもかかわらず、金利負担額は減少したのだった。

 歴史的には、拡大金融政策は、低成長期の消費支出の拡大と企業投資を刺激するための一時的な対策にすぎなかった。過去5年間にわたる中央銀行による量的緩和策によって、世界の総GDPの成長が1~3%の間で促進されたことに、大半の経済アナリストは合意している。しかしながら、中央銀行がどのようにしてこの成果を達成したのかについては、今でも議論が分かれている。消費支出と企業投資に与える超低金利の影響や因果関係が、明確になってはいないからだ。

 たとえば、アメリカでは2013年の個人貯蓄率は、金融危機以前の水準に比べて5ポイント高かったのだが、企業投資は第2次世界大戦後最低の水準を保ったままであった。では、低金利はGDPに刺激を与え、成長させたのだろうか?それと言うよりは、むしろ急激に増大した政府支出と、比較的早期に回復した住宅建設部門が、成長を押し上げた主要因だろうと思われる。

 2007年から2012年の間に、アメリカ、イギリス、ユーロ圏諸国は、政府負債の金利支払いを合計で1兆4000億ドル節約できたおかげで、さらに大きな政府支出を行うことが可能となったのだ。超低金利によって住宅建設部門も、当初考えられたよりも早く回復することができた。

 日本では、超低金利は別に新しい現象ではない。1980年代のバブルと呼ばれた信用拡大ブームの後、民間部門が積極的に借金を減らしてきたのに対し、政府部門は需要と経済活動の低迷に対応するため、大規模な財政赤字を許容し続けてきた。同時に、中央銀行は低金利を継続し、金融緩和によりバランスシートの規模を拡大してきた。

 20年間にわたる低成長と継続的な借金の貨幣化により、日本の財政赤字は2011年に年間10%弱でピークを迎え、日本の債務残高の総額はGDPの240%を超える水準となった。こうした高水準の債務残高に耐えていられるのは、日本の債務のほとんどが国内で保有されているからである。

 しかしながら、日本の人口構造の見通しが意味するところは、日本の抱える負債を伝統的な手法では返済できない可能性が高く、政府負債を将来貨幣化することが必要になるかもしれない。言い換えれば、中央銀行が新たに貨幣を発行し、政府の債務を買い取るのである。

 この問題を抱えているのは、日本だけではないのかもしれない。世界各国の政府が、高齢化に伴う政府支出の増加と脆弱な経済成長に直面し、債務を減少させるために苦闘しており、量的緩和のような金融政策や、恒久的な債務の貨幣化といった慣例から外れた金融政策も、中央銀行や政府からタブー視されなくなるのかもしれない。

 この新しいマクロ経済の領域では、旧来の需要と供給の指標に注目する伝統的な視点だけでは、将来の資本コストを考える十分な指標とは言えないのかもしれない。2014年の春に、標準預金金利をマイナスに設定した欧州中央銀行の動きのように、これから先の何年間も、超低金利こそが普通の状態としてとどまるのかもしれない。

 2013年のIMF白書で、経済学者カルメン・ラインハルトとケネス・ロゴフが論争したように、従来の慣行から外れる金融政策の支援に伴うリスクを、政策決定者たちは過剰に騒ぎ立てず、中央銀行の政策操作方針をあまり制限しないようにする必要があるのかもしれない。