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金利と経済 高まるリスクと残された処方箋
【第2回】 2017年2月20日
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翁邦雄 [おきな・くにお]

レーガノミクスとの共通点と相違点から考える
トランプノミクスが日本に与える影響とは?

日銀のいわゆる異次元緩和政策は、目新しい名称を量産し、マイナス金利政策を経て、イールドカーブ・コントロールに到達しました。これらの政策はいったいどのようなもので、日本経済にどのような効果と副作用をもたらすのでしょうか。さらにトランプの登場でいっそう関心の高まる財政政策ですが、日本への影響は?「金利」を軸にそれらのさまざまな問題を解きほぐす新刊『金利と経済』から、今回はトランプノミクスを巡る一考察をご紹介します。

 2016年11月9日、トランプが大統領に当選し、大幅な円安ドル高が起きている。トランプは、経済政策だけをみても、過激な主張を展開してきた。中国やメキシコからの輸入に高い関税を課す、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を求める、環太平洋連携協定(TPP)から撤退する、メキシコなどからの不法移民を強制的に退去させる、などの主張は、貿易摩擦の激化や、すでにほぼ完全雇用の状態にある米国企業の人手不足を深刻化させる、といった懸念をもたれてきた。

 このため米国株は、同氏の予想外の当選当初はパニック状態に陥り、当選確定後、通常取引開始前の時間外取引では急落した。しかし、その後、トランプが公約してきた減税案とインフラ投資に関心が集まり、それらの制作が総需要を押し上げる、という期待から、米国の長期金利が急騰した。日本との金利差が急拡大し、11月の3週間あまりで、1ドル10円程度の大幅な円安となり、株高も進んだ。

トランプノミクスの不確実性

 以下でみるように、トランプの経済政策が大規模な財政拡張を意味するなら、このマーケットの反応は、きわめて自然にみえる。

 ただし、トランプの経済政策(トランプノミクス)が総需要の押し上げに直結する、と解釈すべきものかどうかは、明確ではない。トランプの大統領選挙におけるキャンペーン期間中の主張は、財政収支に中立的なインフラ投資への税額控除システムにより民間企業に橋や道路を作るインセンティブをもたらす、というものであった。つまり、連邦政府が財政赤字を拡大させて直接大規模なインフラ投資を行うというケインジアン的な総需要の底上げ政策ではない。

 マーティン・フェルドスタインは、巨額の税額控除提案に米国議会が同意するかどうかは明らかではないが、仮に同意したとして民間企業がこれに反応する保証はない、とする。通常の生産設備に対する税額控除は、これまで、たしかに投資を刺激してきたが、企業が橋や道路やトンネルを作って儲けることができるのか疑問だからだ。また、大型減税についても、共和党はその原資を各種の控除の縮小に求めようと知るかもしれない、とする。実際、下院議長のポール・ライアン(共和党)は慈善事業への寄付と住宅ローンの金利以外のすべての控除を廃止することを要請している、とし、それによる税収増はGDPの1%にも相当することを指摘している*1。

トランプの登場は、経済だけでなく軍事・外交を含め、世界に極めて大きな影響を与える。トランプノミクスの展開が世界および日本経済に与える影響に絞っても、それは本連載の射程を超える。しかし、上記の点を踏まえると、これまでのところ内外市場は米国の財政拡張期待へユーフォリア的に反応している。その分、行き過ぎる可能性も相応に高いことに注意しておく必要がある。

 トランプの主張の危うさに照らすと、トランプ当選がユーフォリア的なドル高・株高の動きにつながることは、筆者にはまったく予想外だった。しかも、国際政治的な危うさが、緩和ないし解消されるような軌道修正がなされたわけではない。米国第一主義を掲げ、保護主義的な姿勢を標榜するトランプの具体的な外交政策方針は依然として未知数であり、世界経済は大きな不確実性を抱えたままである。しかし市場は、とりあえず全貌がみえず価格形成に織り込みにくい不確実性は捨象し、大規模な拡張的財政出動や、規制緩和予想などプラスの期待のみを織り込んでいるようにみえる。

トランプノミクスとレーガノミクス

 トランプによる拡張的財政が期待されている一方で、連邦準備制度は、2016年12月14日のFOMC(連邦公開市場委員会)で目標金利を0.25%引き上げた。FOMCメンバーによる2017年の利上げ回数の中心的想定も、前回FOMC(同年9月)の2回から3回に増やした。2017年2月1日のFOMCでは、目標金利は維持されたものの、イエレン議長は2月14日の議会証言で今後の金利引き上げに前向きな姿勢を示した。

 このことは、市場の見方が正しければ、米国の財政政策と金融政策の組み合わせ(ポリシーミックス)が、財政は拡張方向に、金融は引き締め方向に動くことを意味している。これは、1980年代前半のレーガノミックスと同じ組み合わせである。レーガノミクスのもとでは、日米金利差の拡大からドル高が進行した。こうした米国のポリシーミックスは、短期金利マイナス0.1%、長期金利0%程度、という日銀のイールドカーブコントロールと相まって、当面、強いドル高・円安圧力をもたらすことが予想される。

 ただし、レーガノミクスによる一時的なドル高は、日本にとって中・長期的に福音にはならなかった。米国がドル高に伴う経常収支赤字拡大に耐え切れなくなり、1985年9月の先進5か国財務大臣・中央銀行総裁会議(G5、参加国は米国、日本、西ドイツ、フランス、英国)で他国にドル高是正を強力に働きかけ、合意を取り付けた(プラザ合意)からである。これを契機に円相場は、1年で1ドル=240円から150円台になった。

 日本経済は円高不況に転落し、超緩和政策がとられ続けた。そして日本経済は、バブルの生成と崩壊に突入していくことになる。前述のように、トランプは競争相手国の自国通貨安誘導による米国産業界の衰退を批判してきたから、いずれかの時点で大きな巻き戻しのリスクがありうることは注意しておく必要があるだろう。

 今後、問題になるのは、トランプ政権がドル高を巻き戻そうとするときに、どのような手段をとるか、という点にある。この点について、国際金融の権威であるカルメン・ラインハート(ハーバード大学)は、プラザ合意当時は主要なプレイヤーではなかった中国だけでなく、日本、ユーロ圏にとってもドル高是正にはメリットがないことから、プラザ合意的な政策協調が実現することには懐疑的な見方を示し、米国の単独介入を予想している*2。

 主要国の協調介入に比べ、単独介入は為替レートへ働きかける効果が小さいことが知られている。しかし、実際に、介入が実効性をもたなかったときに、それで話が終わらない可能性もある。1971年8月のニクソンショックのように、新たなマクロ的通商政策に踏み込むことも考えられるし、個々の企業の経営方針に個別に介入を展開することも考えられる。

 このうち、保護主義的な介入はすでに顕在化しつつある。2017年1月5日にトランプがツイッター上でトヨタ自動車に対して米国内に向上を建てるよう投稿した。ロイター通信は、トランプのツイートがすでに稼働しているトヨタのバハ工場と前年11月に着工したグアナファト工場を混同していること、グアナファト工場で製造されるカローラはカナダの小型車工場の生産をシフトさせるものである(したがって米国の雇用を奪うものではない)ことを指摘している。

 しかし、翌6日の東京市場でトヨタの株価は急落、トヨタが標的になったことで、すでにメキシコに工場をもつ日産やマツダ、ホンダなどにも同様は広がり、これらの株価も軒並み下落した。

 2月10日に行われた安倍首相との会談では、両首脳の個人的な親密さが強調される一方、為替相場も含め、個別の経済問題には立ち入らなかったため、日本では安堵の空気が広がった。一方、記者会見では麻生太郎副総理兼財務相とペンス副大統領をトップとして経済問題について「分野横断的に対話を行う」枠組みの創設が発表された。このことは実務的な体制の立ち遅れが目立つトランプ政権が整えば、為替から通商政策にいたるさまざまな問題提起がなされてくる可能性があるだろう。トランプのこうした直接的な介入が今後どうなるかは予測しがたいが、国際的な生産最適化が阻害される方向にあることは間違いない。

*1
https://www.project-syndicate.org/print/trump-plan-infrastructure-tax-cuts-demand-boost-by-martin-feldstein-2016-11
*2
https://www.project-syndicate.org/print/dollar-strength-and-currency-market-intervention-by-carmen-reinhart-2016-12

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翁 邦雄 [おきな・くにお]

京都大学公共政策大学院教授。1974年日本銀行入行。同調査統計局企画調査課長、同金融研究所長などを歴任。2009年4月より現職。専門は金融論、金融政策論、国際金融論。『期待と投機の経済分析』(東洋経済新報社、1985年、日経図書文化賞受賞)、『ポスト・マネタリズムの金融政策』(日本経済新聞出版社、2011年)、『日本銀行』(ちくま新書、2013年)、『経済の大転換と日本銀行』(岩波書店、2015年、石橋湛山賞受賞)など著書多数。東京大学経済学部卒業、シカゴ大学Ph.D.(Economics)取得。


金利と経済 高まるリスクと残された処方箋

黒田日銀発足から4年弱の間に、量的・質的金融緩和政策は、マイナス金利政策を経て、イールドカーブ・コントロールへ到達しました。これらの政策の中身がいったいどのようなもので、日本経済にどのような効果と副作用を及ぼすのか、「金利」を軸に解きほぐしていきます。

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