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(2007年6月、大連)

 「清義、君と初めてロシアへ行ったのは、もう10年近く前になるな」

 「あ、ああ」虚を衝かれて、清義が曖昧な返事をする。

 「瀋陽からのフライトでイルクーツクに入り、ブラーツクまでオンボロのボルボで走ったよな。木材の伐期に合わせて、真冬に行ったから寒かったなあ。マイナス35度、立ちションもすぐに凍った」

 訝しむ清義に構わず、隆嗣が昔話を持ち出す。すると、清義も与太話に乗ってきた。

 「そうそう、帰りにはバイカル湖を見たいとわがまま言って足を伸ばしてもらったが、ドライバーがウォッカを飲みながら運転するんで怖かったよ」

 「ホテルに泊まっても、明け方まで部屋の電話が鳴りっ放しでうんざりした。女は要らないかと、コールガールのお誘い電話が30分おきぐらいに掛かってきたんで、最後には電話の線を抜いて寝たんだ」

 苦笑いを湛えながら話す隆嗣に、清義は感慨を交えて応える。

 「あれが、初めてのロシア材輸入だったな。隆嗣が誘ってくれたお蔭で、伐採制限が厳しくなり不安定になってきた中国国内材から早めにロシア材へと転換することが出来た。工場も操業停止することなく続けられて助かったよ……。
  考えたら面白いもんだな。あの頃はロシアもまだ貧しくて、大連へ出稼ぎに来たロシア娘をあちこちのホテルで見かけたもんさ。それが今では、ロシア人が観光で大連に大挙してやって来ている。海水浴にブランド物の買い漁りだ。連中は、今も昔も仕事をしない怠け者なのは変わっていないのに……。資源を握っているというのは恐ろしいもんだ」

 愚痴とも取れる清義の話に、隆嗣も相槌を打つ。

 「そう、持つ者は寝ていても飯が食える。持たざる者からするとうらやましいな……。覚えているか、イルクーツクの空港で初めて会った時のアレクセーエフ。禿げチビ親父のくせに、両側に2メートルはありそうな大男をボディーガードに連れて来ていたよな。そいつらが背広の中に本物の銃を持っていたんで、俺たちはこのまま殺されるのかと思ったよ」

 「ロシアは、今も昔もマフィアが牛耳っているからな。表も裏も、果ては木材までもだ」

 嫌気を表現しようと、首を振りながら清義が吐き出すように答えた。

 「だが、アレクセーエフも、思ったよりいい奴だったじゃないか」

 隆嗣がテーブルに両肘をつき身を乗り出してきた。

 「アレクセーエフとは長い付き合いになったが、泣かされ続けの手強い相手さ」

 清義が渋面を保ったまま隆嗣へ振り返ったが、そこには、こちらを射抜くような鋭い眼光があった。

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村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


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