大震災が起きる前、追跡チームは、「急速に普及する電子書籍が私たちの生活をどう変えるのか」を取材していた。
電子書籍革命と言われ、新しいツールが次々に登場。読書のスタイルは劇的に変わろうとしていた。インターネットでダウンロードした数千冊もの本が、一台の端末に入る。印刷や配送のコストがかからないため、本の価格が大幅に安くなる。膨大な数の本や雑誌が次々に電子化されていた。携帯電話で読める電子書籍も人気を集め、可能性が広がっていった。
自ら出版社を設立。
村上龍がめざす文学革命
その中で追跡チームが注目したのは、いち早く電子書籍に飛び込んだ作家、村上龍さん。純文学からビジネス書まで、常に時代の先頭を走ってきた。初めて電子書籍で出した作品が今年、歴史ある文学賞を受賞。授賞式のスピーチで、さらなる創作活動への意気込みを語った。
「外部に向かってこう、ぶっとんでいくようなものを、これからも書き続けたいと思います」
受賞作の『歌うクジラ』。電子書籍で新たな表現方法を追求する村上さんの先駆的な作品だ。背景に流れるのは、坂本龍一さんが手がけた重厚な音楽。画面を指でなぞると、紙の本のようにページをめくることができる。小説の節目には、近未来をイメージするCGがあらわれ、物語の世界に読者をいざなう。発売から2ヵ月で1万冊のヒットになった。
『歌うクジラ』で手応えを感じた村上さんは、さらに実験的な作品に取り組むため、プログラマーやミュージシャンと組んで、自ら電子書籍の出版社を設立。文学に革命を起こそうとしていた。
2月。制作していたのは、夢と現実の狭間にこだわった電子書籍だ。物語は、夢で見た光景の朗読から始まる。
(文章が浮かび上がると同時に、ノイズまじりの朗読が始まる)
「ジジジジジ… 夢のほんの一部。ぼくの快楽の単位を親しい女性が…」
夢はやがて覚め、現実に戻る。その境目を村上さんは音で表現しようとしていた。
「(ピアノ音)ピーン!」
夢から覚めた瞬間の音。音色がイメージに合わない。
「(ピアノ音)ピーン!」
「あ、変えた方がいい、変えた方がいい」