生産性の著者、伊賀泰代氏とネスレ日本の高岡浩三社長との対談が実現。2回目は、先進国から成熟国になった日本が、いまだ新興国の働き方をしている問題点を指摘する。(構成/田原寛、撮影/鈴木愛子)
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高度成長期はサラリーマン経営者でよかった

高岡浩三(以下、高岡):私がネスレ日本の社長になったのは7年前ですが、そのころの業績は結構厳しかった。「キットカット」はずっと良かったんですが、肝心要の「ネスカフェ」は長く苦戦していた。スイスの本社に行くと、「もう日本は新興国ではないし、ネスカフェの売り上げを伸ばすのは無理だよね」みたいな感覚に陥っている。

「そんなことはない。まだまだやれる」と説明するために、いろいろ考えたんです。そのとき、日本が新興国だった時代を振り返ってみたのですが、日本は高度成長期を経て、割りと短期間で1億総中流社会を実現しています。実はこれって、世界的にも例がないんです。普通は高度成長の過程で大きな格差が生まれる。

伊賀 泰代(いが・やすよ)
キャリア形成コンサルタント
兵庫県出身。一橋大学法学部を卒業後、日興證券引受本部(当時)を経て、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスにてMBAを取得。1993年から2010年末までマッキンゼー・アンド・カンパニー、ジャパンにてコンサルタント、および、人材育成、採用マネージャーを務める。2011年に独立し、人材育成、組織運営に関わるコンサルティング業務に従事。著書に『採用基準』(2012年)『生産性』(2016年)(ともにダイヤモンド社)がある。
ウェブサイトhttp://igayasuyo.com/

伊賀泰代(以下、伊賀):たしかにその点は、日本は本当にすごかったと思います。個人的には田中角栄氏が地方の開発を無理矢理にでも進めた功績なのかなとも思うのですが、通常、高度成長期は格差が一気に広がって、その格差を埋めるには相当の期間がかかるのが一般的ですよね。

高岡:そうなんです。私はこれを「ニッポン株式会社モデル」と言っているんですが、戦後、アメリカから資本主義を導入してみたものの当時は資本家がいない。戦前の財閥は解体されているし、国民はみんな貧しかった。普通、そういう国はネスレやコカ・コーラのような海外資本が進出してきて、市場を牛耳ってしまうんですが、政官財が一緒になってそれを防いだ。防波堤になったのが、メインバンクシステムです。

 当時お金を持っているのは銀行だけ。だから、企業はみんな銀行に大株主になってもらった。銀行としては出資先が成長しないことには話にならないので、株主還元はいいからとにかく売り上げを伸ばしてくれと。配当も求めないから、株主総会はシャンシャン総会で終わる。

 日本のコーポレートガバナンスが弱いのは、そういう背景もあると思うんですが、高度成長期はそれでよかった。社員の労働コストは安いし、みんなよく働く。これだけ条件が揃っていれば、誰が社長をやってもだいたいうまくいきます。

伊賀:たしかに「作れば売れる」と言われた時代なら、遊園地のゴーカートみたいに形だけハンドルを握っていれば成長できたという会社も多かったのかもしれません。

高岡:私たちが思い浮かべる著名な経営者は、みんな高度成長の前に創業したオーナー社長で、高度成長期に入ってからはサラリーマン社長がニッポン株式会社の舵取りをしていました。

伊賀:当時の松下幸之助さんや本田宗一郎さん、今でも柳井正さんとか孫正義さん、永守重信さんなど、思い浮かぶ名経営者の多くは創業オーナーです。