ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
マレーシア大富豪の教え
【第2回】 2017年4月13日
著者・コラム紹介バックナンバー
小西史彦

【マレーシア大富豪の教え】
成功したければ「誰もいない場所」で戦いなさい。

1
nextpage

NHKやテレビ東京、日経産業新聞などで話題の「マレーシア大富豪」をご存じだろうか? お名前は小西史彦さん。24歳のときに、無一文で日本を飛び出し、一代で、上場企業を含む約50社の一大企業グループを築き上げた人物。マレーシア国王から民間人として最高位の称号「タンスリ」を授けられた、国民的VIPである。このたび、小西さんがこれまでの人生で培ってきた「最強の人生訓」をまとめた書籍『マレーシア大富豪の教え』が刊行された。本連載では、「お金」「仕事」「信頼」「交渉」「人脈」「幸運」など、100%実話に基づく「最強の人生訓」の一部をご紹介する。

自分の意志で「戦う場所」を選ぶ

 なぜ、24歳で日本を飛び出して、マレーシアに渡ったのか――。
 これは、これまで実に多くの方々に質問されたことです。
 答えはシンプル。私は、「戦う場所」を選んだのです。
 日本ではなく、マレーシアで戦うほうが、自分にとって勝算が高いと考えたわけです。

 どういうことか?
 私が青年期を迎えたのは1960年代。当時、日本は戦後の荒廃から立ち直り、「奇跡」と呼ばれる復興を遂げていました。いわゆる高度成長です。国民の多くが「明日はもっと豊かになれる」と思える、非常に活気のある時代でした。しかし、「事業家として何事かを成したい」と願っていた私には閉塞感があった。というのは、すでに日本の体制は、完全に出来上がっていたからです。

 大資本が形成され、それが国内経済を支配。今後、その体制が一層強化されていくのは明らかでした。父親が営んでいた薬問屋の未来も見えていた。父親の薬問屋は石川県の能登地方をエリアとしていましたが、都市部である金沢に本社を構える薬問屋に吸収される運命にあるのは明白でした。さらに石川県の薬問屋は、名古屋に本拠を置く薬問屋に吸収されるに違いない。そのような未来がはっきりと見えていたのです。

 そんな“出来上がった国”のなかに、資金も有力なコネクションもなく、能力的にも平凡な人間である私が入り込んでいって、何かを成し遂げることができるだろうか? そこに、勝ち目があるとは思えなかったのです。

 だから、私は、自分の夢をかなえるためには、「戦う場所」を選ばなければならないと、はっきりと自覚していました。もちろん、ひとりの日本人として日本を愛しています。しかし、自分が事業家として戦う土俵はここではない。平凡な自分が夢を実現するためには、別の「場所」を見つけなければならないと考えたのです。

 そして、私が選んだ「場所」がマレーシアでした。

 1967年に、日本政府が企画した「青年の船」に乗って、東南アジア各国を回ったときにマレーシアという国に魅了されたのです。当時のマレーシアはイギリスから独立して間もない「若い国」で、日本のように“出来上がった国”ではありませんでした。出会った政治家、官僚、実業家も若く、「いい国をつくろう」という清新な志に満ち溢れていました。この国ならば、一生懸命に働けば、平凡な自分でも何事かを成すチャンスがあるはずだと考えたわけです。

1
nextpage
スペシャル・インフォメーションPR
  • ダイヤモンド・オンライン 関連記事
    借りたら返すな!

    借りたら返すな!

    大久保 圭太 著

    定価(税込):本体1,500円+税   発行年月:2017年7月

    <内容紹介>
    会社がつぶれないためには、会社に「お金」があればいい。つぶれない会社に変わるための「銀行からの調達力を上げる7つのステップ」や「儲ける会社がやっている6つのこと」、「つぶれそうな会社でも、なんとかる方法」などを紹介。晴れの日に傘を借りまくり、雨になったら返さなければいい、最強の財務戦略を指南する。

    本を購入する
    著者セミナー・予定

    (POSデータ調べ、8/6~8/12)



    小西史彦

    小西史彦(こにし・ふみひこ)
    1944年生まれ。1966年東京薬科大学卒業。日米会話学院で英会話を学ぶ。1968年、明治百年を記念する国家事業である「青年の船」に乗りアジア各国を回り、マレーシアへの移住を決意。1年間のマラヤ大学交換留学を経て、華僑が経営するシンガポールの商社に就職。1973年、マレーシアのペナン島で、たったひとりで商社を起業(現テクスケム・リソーセズ)。その後、さまざまな事業を成功に導き、1993年にはマレーシア証券取引所に上場。製造業や商社、飲食業など約50社を傘下に置く国民的企業グループに育て上げ、アジア有数の大富豪となる。2007年、マレーシアの経済発展に貢献したとして同国国王から、民間人では最高位の貴族の称号「タンスリ」を授与。現在は、テクスケム・リソーセズ会長。既存事業の経営はほぼすべて社長に任せ、自身は新規事業の立ち上げに采配を振るっている。

     


    マレーシア大富豪の教え

    「お金」も「コネ」も「才能」もない青年は、なぜ、わずか24歳で日本を飛び出し、アジア有数の「ミリオネア」になれたのか?お金・仕事・信頼・交渉・人脈・幸運など、「無一文」から「大富豪」になる25のシンプルな教え!

    「マレーシア大富豪の教え」

    ⇒バックナンバー一覧