迎春はそっと首を振る。姉の死を聞かされても、正直言ってその存在をすでに諦めていた対象であったので、それほどの悲しみは湧かなかった。

 ただ、自分に認命と言い聞かせながらも一縷の望みを捨てきれないままに杭州で余生を送っている両親に、この話を伝えるべきか否かと、そのことに迎春は心を痛めていた。

 そこへ、迎春に顔を寄せたジェイスンが口を開く。

「いいや、迎春。やはり君は知っておくべきだろう」

 無言のままで答えない迎春に構わず、ジェイスンは語り始めた。

「幸一君を総経理に引き上げる交換条件として、李傑に総責任者である董事長という肩書きを鼻先にぶら下げた時から、このシナリオは始まっていたんだ……。まあ、復讐は別にして、最初からあいつは君に会社を譲るつもりでいたんだがね」

 ジェイスンが幸一を気遣うような言い方をしたが、幸一はグラスを手にしたまま軽く頷いただけで、話の腰を折るようなことはしなかった。

「次に隆嗣は、祝平と組んで李傑を脅迫し、金の無心をさせた。苦しい立場に追い込まれた李傑は、結局、隆嗣に泣き付くことになった。これも隆嗣が描いた筋書き通りだった。金の工面をする方策として、商売のバックコミッションを与えることを提案した。つまり、李傑に欲を植えつけたのさ。
  金銭に眩まされた人間は弱い。欲は1万ドルから10万ドルへとすぐに膨らんでいく。定期的なバックコミッションを受け取る窓口を作るように誘って、私の銀行へ口座を作らせた。彼を安心させるために偽名でね。そして、設備投資の話に乗じて10万ドルのバックマージンをキャッシュで受け取る話を持ち掛けると、あいつは喜んで喰い付いたというわけさ」

 ジェイスンは迎春へ視線を送った。俯いているが話は聞いているようだ。

「そして、李傑自身を金の受け取りのためにシンガポールへ向かわせた。現地で10万ドルを受け取ったあいつは、舞い上がっていたんだろうね。愚かにもその札束を握ったままで中国へ戻ってきた。焦建平が、懇意にしている役人のルートを使って密告させ、税関職員が自分の名を上げようと勇んで待ち構えているのを知らずに、のこのこ入国しようとして拘留されたのさ。
  10万ドル程度ならば、共産党幹部としては言い逃れできる範囲だったかもしれない。しかし、隆嗣の罠は巧妙でね。香港の偽名口座へ、送金元不明の90万ドルを振り込ませたんだ。そして、横領の容疑者、李傑の情報として、焦建平が人の口を使って、その口座情報も密告させる……。
  香港も今では中国の一部だ。我々香港の銀行も、中国政府から要請があれば素直に情報を提供するよ。善意の第三者としてね」

 自分一人に通用する冗談だと判り、ジェイスンは口元に苦笑いを浮かべた。