魯迅がかつて留学していたという東北大学は、日中友好のシンボルとしての役割を今も担っている。日本では3番目に古い大学、国立大としても屈指の規模で、受け入れる中国人留学生数は744人と、東大の927人に次いで多く(2010年5月現在)、毎年、「魯迅に憧れて」と門をくぐる中国からの留学生も少なくない。
だが、その東北大学が今、大学総長の研究不正疑惑で揺れている。
東北大学総長の井上明久氏は、新素材「バルク金属ガラス」の世界的権威と言われ、日本学士院賞、米国物理学会マックグラディ新材料賞など複数の賞を受賞する人物であり、ノーベル賞候補の一人とも言われている。
だが2007年以降、その研究に不正の疑いが持たれ、データの捏造、二重投稿などが指摘され続けてきた。研究不正は名誉や地位、金銭にも結びつき、大学そのものの存立基盤を崩壊させ、また次世代を担う学生らのモラル荒廃をももたらすだけに、放っておくことはできない。
今年に入り、国際社会が一部の論文に「ノー」を突きつけた。2月、世界最高権威の学術誌『Nature』が同総長の論文捏造疑惑に注目、6月25日には米国物理協会速報紙『Applied Physics Letters』に投稿した論文が、同紙発行母体である米国物理学協会(American Institute of Physics: 略称AIP)により、二重投稿を理由に取り下げられる、という事態となったのだ。
アメリカ物理学協会で2000年に発表された新素材の「金属ガラス」についての論文は、文章の大半とグラフや写真が他の学術誌に発表された論文の一部と同じ。典型的な「二重投稿」の不正行為にあたるとされた。02年、同氏は日本学士院賞を受賞したが、同氏の授賞審査記事の論文リストに、この「2000年論文」が含まれている。「日本学士院は虚仮にされたも同然」と、憤慨する声も上がっている。
これ以外にも、日本の粉体粉末冶金協会が二重投稿にあたるとして、同じく6月、論文一本が抹消処分となった。
※日本学士院は学術上の功績が顕著な科学者を優遇する機関。100年以上の歴史を持ち、学術的な業績をもとに選定された定員150名の会員が組織する。