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遺伝子は、変えられる。 ――あなたの人生を根本から変えるエピジェネティクスの真実
【第8回】 2017年6月19日
著者・コラム紹介バックナンバー
シャロン・モアレム,中里京子

乳がんのリスクを知るために遺伝子検査を受けるべきか

がんや認知症のリスクを知るために、遺伝子検査を受けるべきか? いまホットな遺伝子のトピック「エピジェネティクス」を解き明かした『遺伝子は、変えられる。』著者、シャロン・モアレム氏に遺伝にまつわる最新情報を聞く特別インタビュー、最終回。誰もが遺伝子検査を利用できるいま、私たちはこの技術とどう向き合うべきなのか。「遺伝学者×医師」として、遺伝子検査を受けるべきかどうかで悩む患者と常に接しているモアレム氏がたどり着いた、「自分の遺伝子を知る」ことの本当の意味とは?(インタビュアー:大野和基)

遺伝子検査を受けることは“誰にとっても”いいことなのか?

―― 本の中に「43人の子どもの生物学的父親」となったラルフという人物の話が出てきます。

シャロン・モアレム(写真:Alex Tran)
受賞歴のある科学者、内科医、そしてノンフィクション作家で、研究と著作を通じ、医学、遺伝学、歴史、生物学をブレンドするという新しく魅力的な方法によって、人間の身体が機能する仕組みを説いている。ニューヨークのマウント・サイナイ医学大学院にて医学を修め、神経遺伝学、進化医学、人間生理学において博士号を取得。その科学的な研究は、「スーパーバグ」すなわち薬が効かない多剤耐性微生物に対する画期的な抗生物質「シデロシリン」の発見につながった。また、バイオテクノロジーやヒトの健康に関する特許を世界中で25件以上取得していて、バイオテクノロジー企業2社の共同創設者でもある。もともとはアルツハイマー病による祖父の死と遺伝病の関係を疑ったことをきっかけに医学研究の道に進んだ人物で、同病の遺伝的関係の新発見で知られるようになった。著書に、『迷惑な進化』(NHK出版)、『人はなぜSEXをするのか?』(アスペクト)があり、35を超える言語に翻訳されている。
http://sharonmoalem.com/

モアレム 「神経線維腫症I型」(NF1)とよばれる遺伝病を抱えていたのに発症していなかったために見過ごされてしまい、多くの子どもに疾患が現れて問題になったケースですね。

―― ええ。夫が無精子の場合や子どもがほしい女性の場合、精子バンクから精子を買うことがあります。私はこれまでに、そうやって生まれてきた子どもに20人くらいインタビューしています。

モアレム 本当ですか?

―― 本当です。中にはそうやって生まれてきたくなかったという子どももいました。遺伝上の父親がわからないままだからです。遺伝学の視点からみると、多くの女性が同じ男性の精子を無制限に使うことについてはどう思いますか?

モアレム イギリスでユニークなケースが数年前に起こりました。小さな村のクリニックのオーナーが自分の精子を提供していたのです。その事実が発覚したときの騒動は、かなりのものでした。その村に血がつながった子どもがたくさんいるということです。兄弟姉妹だらけということです。遺伝的にみると血が濃い場合は、特定の特徴が凝縮されるのでかなりネガティブな特徴が出てくる場合もありますが、その逆もあります。ただ倫理的な視点からみると非常に複雑ですね。

―― 倫理に関して言うと、「遺伝的運命は変えることができないから、それを知ることは必ずしも賢明ではない」と言う人もいます。

モアレム それについては与えられた遺伝情報に基づいて、informed decision(情報を十分与えられた上での決断)ができます。たとえば、遺伝子検査でアルコールに弱いことがわかると、アルコールを大量に摂取すべきではないことがわかります。それは知っておいたほうがいい情報です。でなければ、やみくもにお酒を飲んでしまい、自分自身を危険にさらしてしまう場合もあります。

―― でもいったん知ってしまうと、知らない状態に戻ることはできません。遺伝子検査でわかる情報とモラル・ジレンマをどうやって調整すればいいでしょうか?

モアレム 個人的に、もっとも驚くべきことの1つは、誰もが自分の遺伝子情報を知りたいと思っているとは限らないということです。私は遺伝子の研究をしているので、常に自分の遺伝子については知りたいと思っていますが、私の患者の中には、「遺伝子検査で、認知症あるいはがんに早期にかかるリスクがあるとわかって、それに対して何の対策もできなければ、そういう遺伝子情報を知ることは何のプラスになるのか」という人もいます。そういう患者の「知りたくない権利」を私は尊重します。納豆が好きな人もいれば、梅干しが好きな人もいます。実際のところ、人によってみんな異なる、ということをまず知る必要があるでしょう。

―― 一方で、自分の遺伝子情報を知ることで、その病気の発病を遅らせることができるかもしれません。

モアレム 予防できることもありますね。本書でも詳しく紹介しましたが、アンジェリーナ・ジョリーの例が有名でしょう。彼女の場合、がんで死にたくないと言って遺伝子検査をしました。その結果、遺伝子変異が見つかり、両方の乳房と卵巣を切除しました。予防的な対策です。それは非常に個人的な決断なので、私は自分の患者の気持ちに影響を与えようとは絶対にしません。

 こうしたことは、あまりにも複雑なので、自分で決断するしかありません。「Genie in a bottle」、つまり「魔法の瓶に入っていた精霊」です。いったん瓶から出てしまうと、元には戻せない。自分の遺伝子を知る、ということはそういうことだと考えるべきでしょう。

(了)

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    シャロン・モアレム(Sharon Moalem MD, PhD)

    受賞歴のある科学者、内科医、そしてノンフィクション作家で、研究と著作を通じ、医学、遺伝学、歴史、生物学をブレンドするという新しく魅力的な方法によって、人間の身体が機能する仕組みを説いている。ニューヨークのマウント・サイナイ医学大学院にて医学を修め、神経遺伝学、進化医学、人間生理学において博士号を取得。その科学的な研究は、「スーパーバグ」すなわち薬が効かない多剤耐性微生物に対する画期的な抗生物質「シデロシリン」の発見につながった。また、バイオテクノロジーやヒトの健康に関する特許を世界中で25件以上取得していて、バイオテクノロジー企業2社の共同創設者でもある。
    もともとはアルツハイマー病による祖父の死と遺伝病の関係を疑ったことをきっかけに医学研究の道に進んだ人物で、同病の遺伝的関係の新発見で知られるようになった。希少疾患や遺伝病への深い洞察は、本書においても大きく活かされている。
    著書に、『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストに列せられた『迷惑な進化――病気の遺伝子はどこから来たのか』(NHK出版)、『人はなぜSEXをするのか?――進化のための遺伝子の最新研究』(アスペクト)があり、35を超える言語に翻訳されている。また、医学誌『ジャーナル・オブ・アルツハイマーズ・ディジーズ』のアソシエート・エディターも務めた。
    さらに彼の研究は広く一般でも注目されており、『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ニュー・サイエンティスト』誌、『タイム』誌などに掲載されたほか、テレビ番組の『ザ・デイリー・ショウ・ウィズ・ジョン・スチュワート』『ザ・トゥデイ・ショウ』などでも取り上げられている。
    http://sharonmoalem.com/

    中里京子(なかざと・きょうこ)

    翻訳家。20年以上実務翻訳に携わった後、出版翻訳の世界に。訳書に『依存症ビジネス』『勝手に選別される世界』(ともにダイヤモンド社)、『ハチはなぜ大量死したのか』(文藝春秋)、『不死細胞ヒーラ』『ぼくは科学の力で世界を変えることに決めた』(ともに講談社)、『食べられないために』『ファルマゲドン』(ともにみすず書房)、『おいしさの人類史』『描かれた病』(ともに河出書房新社)、『チャップリン自伝』(新潮社)など。


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