短時間で付加価値を生む「働き方改革」ではなく
単なる「時短」で外注先にしわ寄せ

 さらに、ここにきて、働き方改革である。業務の無駄が省かれ、データの効果的な利用などで時間効率性や創造性が高まり、より高く売れる商品が生まれれば、あるべき姿の「働き方改革」となるが、実際にはほとんどが単なる「時短」だ。労働時間がそのまま制約条件になるから、時間内に処理しきれない仕事は、いままで以上に外注に回る。「私はこれ以上残業できないので、(外注の)○○さんよろしくーー」と、大企業が時短した分の仕事が下請け企業に移転するだけである。

 短期的に大変なのは、その仕事を請ける外注先だが、長期的に困るのは、大企業の社員たちのほうである。自分で手を動かさず、細部を知らず、ポンチ絵(机上のプラン)を描くことを基幹業務と思いこみ、無理なコストダウンの要請と、納期と計数だけを眺めている仕事を続けていても、何も身につかない。

 今後、情報技術が発展し、指示系列がオープンになると、情報の非対称性が崩れる。すると、本当に付加価値を構築しているのは、どのプレーヤーなのかがさらに明確に分かるようになる。先人たちの構築したブランドを利用して搾取してきた大企業とその社員は確実に苦境に陥る。

 そればかりではない、企業は意識的に次代を担う経営者、幹部候補を育てていかねばならない。そしてそのために必要なトレーニングは、決して紙の上で行えるものではない。

 その会社の持つ業務の全部門とはいわないまでも、少なくともある部門の全行程を管理した経験や、実際に手を動かし、人と折衝し、多くの失敗を乗り越えるという実務に費やした時間がものを言う。仕事の絶対量が少なすぎると、考える材料が乏しいまま偉くなってしまい、業界全体、会社全体、一連の業務全体を踏まえた意思決定ができなくなる。

 かくのごとく、外注に次ぐ外注で、企業はわざわざ当初は優秀だったはずの人材をスポイルしながら、一方では机上で他社事例を学ぶ幹部候補生の訓練には力を入れているのである。なんという皮肉であろうか。

 もちろん幹部候補生だけの話ではない。こんなことを続けている大企業はやがて優位性を失い、社員も別の会社に転職しなければならない状況に追い込まれることになるだろう。そのとき、外注先に仕事の割り振りをしていただけの社員には、市場価値のあるスキルなど何もない。真の意味での「働き方改革」を伴わない、さらなる外注化の進展は、大企業のサラリーマンの人生を悲惨なものに追い込むだろう。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山進、構成/ライター 奥田由意)