破綻後、韓国企業からの出資を断り
国内屈指の技術と材料にこだわった

――2012年に一度倒産しました。

田んぼに囲まれた静かな住宅街にあるベルガードの工房

 先代社長までは家族で代々継いできた会社で、私は一社員でした。2012年2月20日、会社に行ったら、弁護士と名乗る人物から「今日で、この会社は終わりです」と突然告げられた。勤続30年を迎えた直後のことでした。

 業績が悪化していることは薄々知っていたので、実は私自身、独立の準備で、開業資金を貯めたり、起業家セミナーに通ったりはしていましたが、あまりにも急で驚きました。

――業績が悪化した原因は?

 もともとベルガードは、野球防具に定評があり、大手メーカーが販売する防具のOEM(他社ブランド製品の受託製造)が売り上げのほとんどを占めていました。しかし、十数年程前から、大手メーカーが生産拠点を中国など人件費の安い海外に移転し始め、生産を受注できても中国の価格と比較されるようになり、OEMではなかなか利益が出せなくなっていたんです。

――独立志向から一転、なぜベルガードを継承したのですか。

 2月はちょうど春からの野球シーズンを控えたタイミング。すでに多くの注文を受けていたので、まずそれに応える必要がありました。また、経営破綻の直後に、ある韓国の企業から出資のオファーがあったのですが、その条件が、その企業の日本法人になることでした。

 韓国企業の傘下になれば、ベルガードが持っている防具製造のノウハウが、海外に流出してしまいます。以前、防具の材料の製造を依頼していた台湾の会社が、うちの防具を真似して他に販売したということがありました。大手メーカーのOEMをやっていたときには、うちの防具と形状は同じで、材料は安いものを使用し、中国の工場に製造させていた、という苦い経験も味わいました。こう言ってはなんですが、アジア圏の国では、知的財産という概念がない、それが当たり前なのです。