あるバーの開店10周年を記念したパーティーで、マジックを見た。
「これから、ちょっとした脱出劇をしてみようと思います」
若いマジシャンはそう言うと、ヒモを結んで輪を作り、自分の両親指をその中に通した。そして、客のひとりに向かってこう頼んだ。
「このヒモを縛って、わたしの指が抜けないようにしてください」
縛った両手に客がハンカチをかけた、と思った瞬間、
「もうちょっとこっちです」
右手が出てきて、ハンカチの位置を調整する。
「ん?」「あれ?」「どうして?」と思う不思議が繰り返されたところで、彼が3本の指を示して「ワン、ツー、スリー」と数える。
すると、今度はハンカチの中からあるはずのないワイングラスが現れた。
「10周年、おめでとうございます」
彼が乾杯のジェスチャーをして控えめに中の飲み物を口に含むと、酔客から大きな拍手が湧いた。
高級レストランでマジックを披露
きっかけは前田知洋氏のライブ
「うん、おいしいですね」
仔牛のラグーソースがかかったピチを食べながら、マジシャンの日向大祐さん(32歳)が言う。ピチとは、イタリアトスカーナ地方に伝わる伝統のパスタである。
彼を取材したのは、バーで初めて彼のマジックを見てから数ヵ月後のことだった。待ち合わせたのは、東京・有楽町にある高級イタリアンレストラン。内外の賓客も数多く訪れるこの店で、日向さんは現在、不定期にマジックのパフォーマンスをしている。
「ところで、ステージはどこですか?」
店内を見回しても、それらしきものは見あたらなかった。その様子を見て、日向さんがこう解説する。
「レストランでマジックをする場合、多くはマジシャンがお客様のテーブルを回るんです」
「それはその……結婚式のキャンドルサービスみたいなものですか?」
「……ま、そんな感じで」