「頑張っている」ではダメ
「楽しそう」だとみんな注目してくれる

板東 ビジョンは持つだけでなく、配信することが大事ですよね。細貝さんは、これが非常に上手い。

細貝淳一(ほそがい・じゅんいち)/1966年、東京都生まれ。86年に東京都立八潮高校定時制課程を卒業し、92年にマテリアルを設立。06年には東京都信用金庫協会より「優良企業特別奨励賞」を受賞、10年には東京商工会議所より「勇気ある経営大賞優秀賞」を受賞。12年に「下町ボブスレーネットワークプロジェクト」初代推進委員長に就任。著書は『下町ボブスレー 東京・大田区、町工場の挑戦』。

細貝 でも、最初から地域が一丸となったわけじゃありませんでした。最初に町工場の経営者の方たちを集めて、「皆さんがつくってるものをCMできますか?」と話したんです。もちろん答えはNOです。機密事項があるし、最終製品でなく部品だから、自慢したくてもできません。

 そこで「全国放送の取材が来て、オリンピックの時、自社のロゴマークを付けたソリが走って『あれ、俺がつくったんだ!』と言えたらどうですか?」と言いました。家族や周囲に自慢でき、それは必ず、後継者づくりやリクルートの時に役立つはずです。こうして、期待感を醸成し、具体的なビジョンを示すことで機運までは盛り上がったんです。

板東 そこからが難しかった?

細貝 最初に、大田区の施設の大部屋を借りて図面を全部並べ『皆さん、つくれるもの持っていって、つくってみてください』とやったんです。予算はないから、加工代はタダ。夢を自分の技術で買える、という仕組みは悪いものじゃないと思ったんです。しかしやってみると、持っていかなかった企業もたくさんあり、図面を持っていった翌日、返しに来る企業もありました。ほかの社員や、実権を持っている先代に「やめろ」と言われたりするわけです。しかし。こういった企業も巻き込んでいかなければいけません。

板東 ビジョンを具現化できませんよね。

細貝 そうなんです。ここで必要になるのが、明るさ、期待感です。「頑張ってる」という話より、「なんだか楽しそうにやってる」という雰囲気が人を集めるんですね。例えば海外の大会に行った土産話を周囲に語るわけです。私、有名選手に「よー、お疲れさん!素敵なすべりだったじゃない!これ、ジャパニーズのカステラ!食べる?」なんて話しかけるわけです。しかも日本語で。

 それでも、なんとか伝わるんですよね。選手は食べてくれて、「フォト!」なんて言うと気さくに応じてくれる。「ボブスレーをバックに!」なんて言って、その瞬間、僕はボブスレーのハンドルやシャーシにピントを合わせて撮りまくって、後日、日本で「なんでこの形なのか」と分析したりするわけです。こんな話をみんなにしているうちに、「なんだか面白そうにやってるな!」と、次第に人が集まり始めました。

板東 すごいコミュニケーション能力だ(笑)。

細貝 大田区のため、といったビジョンがあっても、つまらなさそうなことに人は惹かれません。先日も「あのウサイン・ボルト選手にボブスレーへ転向してもらおう」なんて挑戦をしました(笑)。ボブスレーは、スタートダッシュでソリを押す選手が必要で、この役割は元陸上選手が果たすことが多いんです。そこでボルト選手の試合会場に行くと、ちょうど彼が棄権してしまって、まだ会えていないのですが…。

板東 いつか実現したら面白いですね。

細貝 ええ。そんな期待感があると、メディアも集まって来てくれるんです。