「脈絡なく私は動いている」

 なかには「脈絡なく私は動いている」と言いながら、定年後の時間をいい意味で忙しく過ごしているDさん(65)の事例も参考になるだろう。

 彼はメーカーに勤務していた50歳の時に、人生設計セミナーを会社で受講した。その時に定年後の一日をどのようにして過ごすのかというシートを前にして何も書けない自分に気がついた。

 その後は、家と会社以外で何かやってみようと、興味あるものに脈絡なく取り組んだ。いくつものNPO団体に関わりをもち、キャリアコンサルタントの資格や産業カウンセラー資格を取得した。乗馬やスキューバダイビングにも挑戦したこともある。また関心があった心理学を放送大学で学び、「健康生きがいアドバイザー」や「青少年育成アドバイザー」として地域での活動に取り組むこともある。

 実はDさんは、定年後に私が主宰する研究会に参加していた時に、たまたま横に座った参加者に名刺を渡したところ、その名刺にキャリアコンサルタントの資格を書き込んでいたことが縁でハローワークのセミナー講師も2年間にわたって経験している。

 彼の話をいろいろ聞いていくと、脈絡がないと本人は言われるが、彼自身の興味、関心があるという意味では取り組みに統一性がある。あえて言えば、高齢期の生き方、地域社会のこと、自分の内面の充実というあたりだろうか。

「仕事」、「ボランティア」、「地域活動」といった世間のカテゴリーにとらわれるのではなく、彼のように自らの興味、関心があるものを積み重ねるというやり方がうまくいくことが多い。心の中から湧き出てくるものでなければ「もの」になりにくいのだ。

 そして主体的な意思で取り組めば、三日坊主でも三日分は進歩する。また、一見無駄と思えることも後に意味を持ってくることがある。Dさんは60歳で定年退職してから5年以上になる。しかし退屈したことはないそうだ。

 このように人によって社会とつながる形は多様だ。望むべくは自分の向き不向きを見極め、自らの個性で勝負できるものに取り組むことだ。

 定年後の60歳から75歳までは自分自身を縛るものが少なく、かつ自立して活動できる黄金の15年である。人生後半戦の最大のポイントだという意気込みで、自分ならではのものを見出したいものである。

(ビジネス書作家 楠木 新)